三原市に築約120年の古民家をリノベーションした複合型ふくし拠点『暮らり』があります。1階はデイサービス、2階はデザイナーユニットが運営するデザインオフィス&オープンスペースという一風変わったこの施設を立ち上げたのは、同市出身の理学療法士・橋本康太さん。『暮らり』のユニークな試みについて、また橋本さんが考える新しい《ふくし》についてお話を伺いました。
リノベ古民家にデイサービスとデザインオフィスが同居
『暮らり』は1つの建物に、デイサービスとデザインオフィスという2つの異なる施設が同居しているのですね。
橋本:1階は、デイサービス『くらすば』、2階は『パンパカンパニ』という女性3人組のデザインユニットがオフィスとして利用しながら、不定期にワークショップやイベントなど開催しています。入り口は別々ですが、デイサービスの空間に日頃から介護関係者以外の人が出入りする機会が増えるのはいいことですし、彼女たちのデザイン的思考が福祉現場の考え方に通ずる点も多く、いい刺激になっています。
どの空間もいい意味で、福祉施設っぽさを全く感じさせないですね。
橋本:古民家独特の風合いもあると思いますが、ここを暮らしの延長線上にあるような場所にしたいと思っていたので、デザインにもこだわりました。例えば、天井の質感や壁の塗装、トイレやキッチンの水廻り、照明など工夫して、施設っぽさをなるべく排除しています。
介護の現場で感じた違和感が原点
ところで1階のデイサービス『くらすば』は一般のデイサービスとはちょっと異なるそうですね。
橋本:デイサービスというと、集団で行う体操やレクリエーションといったプログラムが用意されているのが一般的ですが、当施設にはそうしたプログラムはありません。その代わり《作業》として、スタッフと一緒に料理や掃除・洗濯などしてもらって、自然に体を動かしてもらうよう工夫しています。
利用者の中には認知症の方もいらっしゃるそうですが、お料理や掃除するのは大変ではないですか?
橋本:職員が適切な声かけをしてちゃんとフォローすればほとんどの作業は大丈夫です。包丁もほぼ全員が使えますし、例えば料理一つにしても、材料を切る、皮を剥く、味見をするなど、工程を分解してあげれば、その人に合った作業を提案できます。『暮らり』の前にお惣菜屋さんがあるのですが、そこのお弁当の配達にも週2回ほど行ってもらったりしているんですよ。
デイサービスとしてとても画期的な試みだと思いますが、こういうデイサービスにしようと思ったきっかけがあったのですか?
橋本:大学卒業後に就職したデイサービス施設で、認知症の方が風船バレーやボウリングなどのレクリエーションに半ば強制的に参加させられて戸惑っている姿を見て、これって誰のための、何のためのプログラムなんだろうと思ったんです。認知症が進行している人や、レクリエーションそのものに関心がない人は、そういう時間は苦痛でしかないですよね。だからそういう集団に《個》が合わせるプログラムではなく、もっと《個》を大切にしたケアが必要なのではないかと考えるようになりました。
目指すのは、閉じながらひらく新しい《ふくし》
取り組みもさることながら、複合型という場の作り方もユニークですね。
橋本:地域の方が介護以外で『暮らり』に関わるきっかけになる場所にしたいという思いがあったのでこういう形にしました。それには理学療法士として働き始めて2年目に配属になった福山市内海町での経験が影響しています。
橋本:僕は学生時代の実習の体験から、リハビリをすれば人の身体状況は右肩上がりに良くなると思いこんでいました。でも就職先のデイサービスで高齢者の方など必ずしもそうではない人もいると気づいた時、理学療法士としての限界を感じて、立ち行かなくなってしまったんです。
そんな時、地域おこし協力隊としてまちづくりに取り組む方々と出会ったことで、身体だけでなく、環境設定を工夫することでも人はより良い暮らしを手に入れることができると気づき、「暮らしのリノベーション」という、現在掲げているこの施設のコンセプトに辿り着きました。このコンセプトは『暮らり』という名前の由来にもなっています。
名前の通り『暮らり』は、誰もがより良い暮らしを実現するための「暮らしのリノベーション」を提案し、実践する場所になっていますね。
橋本:ありがとうございます。でも全部うまくいくわけではなくて、やってみて初めてわかることもあるし、うまくいかなかったこともあります。例えば当初は1階奥にある離れをフリースペースとして地域の人に「公民館のように使ってもらえたら」と考えていたのですが、実際やってみると想像以上に難しいことでした。
橋本:認知症の方は人の出入りが増えると不安に感じたり事故の可能性も高まるので、必然的にスタッフの負担も増えてしまいます。実際やってみて、質のいいケアを提供し続けるためには、《閉じる》ことの大切さも痛感しました。
ただ『くらすば』の利用者にとっても、地域にとっても介護施設が街にひらけた状態は意味を持つものだと思うので、矛盾しているようですが、閉じながらひらく必要も感じています。感覚的には8:2、8が閉じるで2がひらく、ぐらいの割合でバランスをとっています。幸い、うちのスタッフはその辺り、柔軟に対応できる人材が揃っているので本当に助けられています。
『暮らり』に続き、2つ目の新たな拠点『西町十貨店』も11月にオープンだそうですが、これから先、例えば5年後、10年後に考えている展開やビジョンをお聞かせいただけますか?
橋本:『西町十貨店』は訪問介護事業と、『暮らり』の軒先で定期的に行っていた八百屋などを展開しながら地域交流の拠点にしたいと考えています。10年後はまだ想像できないですが、5年先くらいには、地域に増えている空き地に施設をゼロからつくって、地元の人に誇りに思ってもらえるような施設もつくってみたいですね。
理学療法士としてキャリアをスタートしながら、人が幸せに暮らせるための場づくり、まちづくりを続ける橋本さん。まだまだ道の途中といいながらも、その成果は利用者の方々の笑顔を見れば一目瞭然。「うちの近くにも『暮らり』のような場所があったらいいのに」と思わずにはいられない素敵な場所でした。