川・海・山で楽しむアクティビティグッズを提供する『マジックアイランド』のオーナー・西川隆治さん。Stand Up Paddleboard(スタンドアップパドルボード)、通称「SUP(サップ)」といわれるハワイ発祥のウォータースポーツは、広島の川辺の魅力を発信するのにピッタリのスポーツだと言います。そんなSUPを普及するべく、西川さんが取り組んでいるさまざまな活動について詳しくお聞きしました。
自然のサイクルに自分を合わせる 西川さんは、川・海・山と自然の中で楽しむアクティビティ関連のグッズ等を扱うお店『マジックアイランド』を運営しつつ、それらのアクティビティの体験教室やイベントなどさまざまな取り組みをされていらっしゃいますね。
西川: そうじゃね。今はSUPっていう、ハワイ発祥のウォータースポーツを広島市内の川で体験する教室やイベントが活動の中心かな。ボードの上に立って、パドルっていう櫂(かい)で水を漕ぐアクティビティなんだけど。
はい! 見たことがあります! 体験教室があるときは西川さんは1日をどんなスケジュールで動かれてるんですか?
西川: SUPをするのに、川の潮の干満のタイミングに合わせるってとても重要でね。たとえば今日はお昼に潮が高いからお昼の時間にレッスンして、店のことは午前中とか夕方に回そうかな、とか(笑)。
じゃ、西川さんのスケジュールは、川の干満次第ということですね。
西川: そう。自然のサイクルに合わせるというか。朝、日が出たら起きるとか、たとえば農家さんだと、朝の時間にトマトを採ったほうが新鮮だからその時間に採ろうか、というふうに自然に合わせて動くんだけど。街中に住んでると、自分本位に動いちゃうじゃないですか。
西川: でも自然相手にしようと思うとそうはいかない。例えば、大潮の時って潮位が高いですよね、いったん潮が干きはじめると川の流れと合わさって勢いよく海に流れて行きます。初めての人だとその流れに逆らって漕ぎ上がれない方もいらっしゃるので、特に初心者のレッスンのときは干満に気をつけてあげています。
実は海でSUPをやったことがあるんですけど、ひっくりころげちゃうし、立てないし、楽しいまではいかなかったんです。
西川: やっぱり僕らは「楽しかったね」、で終わってほしいからね。そういうところは工夫するようにしています。
SUPとの出合いは必然だった 西川さんはいろんなスポーツやレジャーをされていたそうですね。
西川: 最初はスキーかな。大学生のときに始めて、次がウィンドサーフィン。ちょうどハワイ発のマリンスポーツとしてブームになった頃で、当時は車の上にキャリアをつけて、ウィンドサーフィンのでっかいやつを積んで走るのがイケてたんですよ。
西川: その後に出てきたのがスノーボード。当時はまだ広島じゃ10人くらいしかやってる人がいなかったからね。
西川: 1987年に公開された映画『私をスキーに連れてって』がブレイクして、スキーが一番流行ってた頃に、僕らはスノーボードをやって「スキーなんてダセエ」って言ってました(笑)。
西川: その方が面白いじゃない。で、スノーボードの次はウェイクボード。これがまたブレイクしてね。ウェイクボードは船に引っ張ってもらうんですけど、その後にカイトボードっていうのもあったな。船のかわりにタコに引っ張られて、水の上を走るという。
西川: その後が、SUPなんですよ。ハワイにサーファーのレジェンドといわれる人がいて、レイアード・ハミルトンっていうんですけど。彼がトレーニングでSUPをやってる、というのでジワジワと広がっていったんですよ。
西川: 彼はスポーツのトレンドをつくってきた人なんで、この人がやってるんだったら多分次またくるよね、って僕らもやり始めたんです。
じゃあ、SUPっていうのはトレーニングメニューだったんですか、遊びというよりも。
西川: SUPのもとはカヌーなんですよ。実はサーフィンよりSUPの方が歴史が古くて。スキーもそうですけど、移動手段だったんですよ。
西川: カヌーって移動手段に使われてたでしょ。あれって座って漕ぐけど、たまたま立ってみたら、バランス取らなくちゃいけなくて難しかった。で、それが面白かった…っていうことからSUPって始まったんですよ。
へえ! 知り合いが、広島には川がたくさんあるからSUPで通勤しようかなって言ってたんですが、その発想はあながち間違いじゃないんですね(笑)。
編集部員がSUPボードを体験! それで、ちょっと編集部員もSUPを体験したいんですが、今日すぐ川に出るっていうのは難しいので何か体験できることはありますか?
西川: SUPボードの準備と簡単な陸上レッスンやってみましょうか?
西川: 「インフレータブルSUPボード」という浮き輪のように空気を注入するSUPボードがあるので、それを膨らませてみましょうか。
さあ、頑張って!(西川さん)結構、キツイですね(森)。 結構膨らんできましたよ! まだまだ! ほら、電動ポンプだとまだ入るじゃろ。 中尾(編集部): じゃあ、陸上レッスンは私が! パドルはこんな風に動かしたらいいですか?
「なんだか楽しい♪次は本当に川に出てみたいな」とご満悦。 「思ったより軽いんですね!」なんだか慣れてる人っぽい!? 街中で体験できる非日常感に感動 西川: 川で SUPをやろうと思いついたとき、そもそも川でSUPをやっていいのか分からなかったんですよ。だからまず市役所に電話したら、うちでは分からないから国土交通省さんにって言われて、そこからまた太田川河川事務所に電話して、結局「川も海と一緒で誰の所有物でもないから、気をつけてやってもらえればいいですよ」って。そこで「ああ、やっていいんだ」ってやっと(笑)。
西川: で、早速やってみたんですよ。天満橋から横川、原爆ドームまでSUPを漕いで行ってみたら、これは面白い! ってなって。
西川: 例えばサーフィンもスノーボードも、それができる場所に行ってやるもんだと思ってるじゃないですか。海なり山なり、自然の中に行ってやるから気持ちいいんだと思ってたのが、街なかでそれと同じ感覚になれるんですよ。「なんだろ、この感じは。サーフィンをやりに海に行ってるのと同じじゃん」って。
確かに、レジャーってどっかに行ってやるものって思ってますよね、普通は。
西川: レジャーで何を感じたいかって、開放的な気持ちだとか、自然を感じたいってことだったりするでしょ。SUPだとその感覚を普通に街なかで味わえるっていうところがすごいわけ。
西川: それに川の上だと最初の頃は自分が今どこにいるかも分からなくなるんですよ。街なかにいるのにちょっと迷子になるみたいな。
西川: そう、身近な非日常。そのギャップが面白かったわけ。最初は仲間内で趣味のように始めて、「この体験はすごいな」って教室とか始めたけど、やっているうちにだんだん、単に僕たちだけの体験にするのももったいないって思い始めて。
あらゆるレジャーを制覇してこられた西川さんにとっても、すごい感動だったわけですね。
広島市内にはこうした雁木が300以上あるという。 西川: 広島市内は川土手が石垣でできてるんですよ。自然の石を使って造られている石垣は優しいんです。コンクリートの護岸に比べてね、すごく優しい。
川土手の石垣の優しさとか、道路の上からだと気がつかないですね。
西川: あと川が6本あるということと、雁木ってわかる? 川に降りるための階段のことね。その雁木がこんなに残っている街は他にないんですよ。
西川: 広島の人は川がたくさんあるとか雁木があるとか、それが当たり前だと思ってるでしょ。もったいない話なんだけどね。東京や大阪の街なかにこんな川土手はないからね。ちなみに今ある雁木は、実は戦後の昭和30~40年代に造り直した雁木なんですよ。
仲間に声をかけて原爆ドーム付近の雁木を定期的に磨いている。 川とSUPを起点に地域と繋がる 西川: あ、それで街なかの川の上を独り占めするのはもったいないって話だけど。この体験をみんなに広げたいと思ったんだけど、原爆ドームのまわりの川でプカプカ浮いてるだけだと、「あいつら、不謹慎な!」って思われるかもしれないでしょ。
西川: だから、ちゃんとやるべきこともしておこうと、川のことや雁木について勉強したり、平和活動や地域活動も始めたんです。
西川: 毎年8月6日に灯籠流しをするでしょ。灯篭って密集したら燃え広がるし、一つこけたら周りの灯篭に燃え移ったりするんですよ。だから、SUPを出して密集した灯篭を離したり、倒れた灯篭を起こすボランティアを4年くらい続けています。
西川: あと原爆ドームまわりにある雁木を磨いたりしてるんですよ。自分がやりたいことだけやればいい、っていうのはやっぱり違うと思うから、そういうことをきちんとね。
西川: コツコツ続けることで見てくれる人は見てくれてるからね。おかげで新しい仲間も増えていますよ。
西川: 実は、先日もRiverDo!というイベントの中で、川土手で夜にDJを入れて焚き火をしたんですよ。
西川: それが、広島って焚き火できるんですよ、川土手で。そんな寛大な街なんですよ。しかも社会実験の中で。
西川: もちろん(笑)。バーベキューと焚き火は同じ扱いなので、川土手で焚き火をするのはOKなんですよ。それにしてもこの寛大さってすごいことなんだけどね、そのすごいことに市民の方は案外と気がついてないんですよ。
広島にずっと住んでますけど、広島が寛大な街だなんて思ったことがないかも(笑)。
西川: 焚き火も調子のってやる人が増えると禁止になると思いますよ。だから「せっかく今はできるのにできなくなったら残念よね。じゃけえ、みんなルール守ってやろうや」って。川の上もそうなんですが、自由には必ず責任が伴います。自由と責任のもとでみんなが太田川を使いこなせれば、広島はもっと素敵な街になります。
「River Do!」というのはどんな活動なんですか?
西川: 「広島を代表する一級河川の太田川のことをもっと考えていきましょう、川をもっと楽しみましょう」という活動です。「こうしないといけない」という決まりとかがあるわけじゃなくて、誰でも自由に、川土手でバーベキューしたり、掃除をしたり、ライブをしたり、思い思いに「River Do!」しよう! みたいな活動ですね。
西川: そうですね。あとは相生橋の近くにサッカースタジアムができる話があるんですが、そうなればその辺りの川土手がもっとパブリックな場所になっていくと思うんです。そのときのために広島特有のこの川というインフラをもっと上手に活用しようよ、っていう提案や活動も始めています。
始まりのきっかけはバブル崩壊 アウトドアレジャーからSUPに行き着き、それが地域活動にまで波及してと、西川さんの活動とか役割もどんどん広がっている感じですね。ところでそもそも、アウトドアレジャーを始めるきっかけになった出来事とか出会いとかあったりするんですか?
西川: ないですよ、面白そうだなっていう、ただの感性。
西川: うーん、強いていえば、学生時代にあるバイクが欲しくて。それが60万円くらいしたんよね。免許も持ってなくて、まず免許取るのに10万くらいかかる、するとバイクと合わせて70万でしょ。そんな金ないなって(笑)。
西川: で、本通りをぶらぶらしよったら、『好日山荘』っていうスポーツ用品というかアウトドアの店があって、そこで35万円くらいのウインドサーフィンのボードが2割引で28万円になっとったんですよ。で、70万を見た後だから安っ!ってなって(笑)。
西川: すぐ買った(笑)。それで、車を持っている友達を誘って、サーフィンを始めたわけ。だからそこで2割引のボードを見つけてなかったら、今はないかもしれない。
店舗をオープンした当初は、広島市中心部の平和大通り沿いで営業していた。 では趣味だったサーフィンやアウトドアを、仕事にしようと思ったきっかけは何だったんですか?
え!? 証券マンからアウトドアショップオーナー、180度回っちゃうくらいの変化ですね。
西川: 僕が28歳の頃がバブル全盛期で、日経平均が39,000円とかまで行った時代ね。ボーナスも他の業種に比べてよかったですよ。でもその後、バブルが崩壊して、地獄に変わるわけですよ。
西川: 株が下がりだしたら、何やってもだめだし、でも会社はこれ売ってこい、あれ売ってこいって。むちゃくちゃだったよ。
西川: そこしかなくてね。あとそのとき、これからスノーボードの時代が絶対くると思ってたんですよね。多分、これ商売になるなと。でも当時、広島のスポーツ量販店ではスノーボードなんて全く扱ってなくて。それで平和大通りに、アウトドアレジャー用具を扱うショップをオープンしたんですよ。
現在のマジックアイランド(広島市西区楠木町)。 川をフィールドにSUPの文化を育てる いろいろなアウトドアレジャーの流行を予見されてきた西川さんですが、この先、流行りそうとか面白そうなものとかありますか?
西川: また新しいものは出てくるはずです。でも今僕がやりたいのはその逆のこと。世の中でSUPが流行らなくなっても広島ではずっと残ってる、みたいなSUPの文化をつくるっていうことに興味があるんです。
西川: 例えばウィンドサーフィンも、80~90年代に比べたらもう流行ってないけど、静岡の御前崎とか千葉とか、サーフィンだったら湘南とか宮崎とか、適した環境があるところでは文化として残ってるんですよ。アイススケートのパシュートとかって競技知ってます?
西川: あれも長野の南相木村という雪がいっぱいある過疎の村があって、そこからオリンピックの選手が出て文化になってるでしょ。そんな風に川が6本ある広島という場所を生かして、SUPの文化をつくっていければいいなって思うんですよ。
SUPの世界大会で広島から日本代表が出場! みたいな感じですね。
西川: そう、それくらい近い将来実現させたいなと思いますね。
西川さんのお話を聞いて、当たり前すぎて見過ごしていた広島の川や川辺の存在の大きさ、その魅力について、改めて気づくことができました。川でのSUPは波がないので、初心者の方にとっては海よりもチャレンジしやすいとか。“街なかで味わえる非日常”をぜひ皆さんも体験してみてください。