原爆ドームのほど近く、電車道路沿いに建つレトロビルの2階に本とうつわの店『READAN DEAT』はあります。「本屋という仕事に巡り会えたのは幸せだった」と語る店主・清政光博さんに、地元広島で店を立ち上げるに至った経緯や、本屋という“場”の持つ魅力についてお話を聞きました。
ベストセラーや売れそうな本は置かない
READAN DEATは本屋さんなんですけど、本以外のものも販売したり、扱う本もいわゆる大型書店とか中小規模のチェーン店に置いてある本とちょっと違うんですよね。
清政:うちはいわゆるベストセラーとかは置いてなくて、リトルプレスといわれる本をメインに扱っています。あと本以外に作家のうつわだったり、民藝といわれる手仕事の品物を販売しています。
うつわも楽しめるっていうのは特に女性にはうれしいかも。あとリトルプレスというのはどんな本なんですか?
清政:個人や小さな出版社がつくった本のことです。そのほとんどが自費出版されたもので、一般流通はしていないのでチェーン書店や大型書店にはほとんど置いてないんです。
確かに、READAN DEATにある本は、大型書店では見ないような本がほとんどですね。リトルプレスのどんなところに魅力を感じてらっしゃるんですか?
清政:作り手の「紙に載せて届けたい」という熱量がそのまま反映されているところが魅力ですね。あと、最近はデザインもバラエティに富んだクオリティの高いものが多いですね。
確かに、形だったり表紙のデザインだったり、こだわったものが多いですね。ところで、本はどうやってREADAN DEATのような本屋さんにたどり着くのですか?
清政:本の流通って独特で、取次という卸会社から仕入れるのが一般的なんですけど、取次と契約するのに結構まとまった金額の保証金が必要で、僕たちのような個人書店は契約するのは難しいんですね。だから、取次を通さず直接卸してくれるような小さな出版社とか、個人から本を仕入れているんです。
なるほど。じゃあ例えば、昔、街にあったような小さな本屋さんもそうだったんですか?
清政:昔はみんな取次と契約していたと思います。取次から届く本を並べて1週間経ったら返品してっていう、委託という形なんですけど。本って、1冊あたりの利益がすごく少ないんですが昔は本が売れていたんでそれでも成り立っていたんです。今は本自体が売れない時代なんで、どんどん本屋さんが潰れちゃってるんですよね。
この20年で、日本全国の本屋さんの数は半分になったというデータもありますよね。広島も街なかにあった書店が軒並みなくなっちゃいましたし。
清政:本を買うという行為だけだったらアマゾンの方が便利ですからね。
その一方で、READAN DEATのような、独立系書店といわれる個性的な本屋は全国的に増えているという話も聞きます。
清政:こういう本屋さんに来てくれる人たちっていうのは、店の雰囲気だったり、店主との会話だったり、リアルな場を求めているのかなと思うんですね。
確かに、独立系書店の店主さんってみんな個性的で、店も一つとして同じ空間はないですよね。わたしもそこに魅力を感じます。
清政:今は本を読むよりスマホとか見ている時間の方がきっと長いし、情報もネットやスマホから得る方が効率的ですよね。みんなにとってそっちが日常で、本屋で本を買うという行為自体が非日常になっている。だからこそ、その非日常感が味わえる独立系書店に足を運ぶ人が増えているのかもしれないですね。
そういう時代の変化も敏感に感じとってらっしゃるんですね。
清政:時代の変化に対応していかなきゃいけないところもあるし、その中で自分のスタイルを押し通すことも大切じゃないかなと。僕はそれを「しなやかに意地を張る」と言っているんですけどね(笑)。
「しなやかに意地を張る」っていい表現ですね。それはどんな意地なんですか?
清政:本が売れないと言われる時代に本屋をやっていること自体が意地を張っていると思います(笑)。あとは店に置く本を選ぶときに「人気がある」とか「売れそう」ということではなく、自分が本当にいいと思った本だけを置くようにしています。
文学少年じゃなかった子ども時代
ところでこういう本屋さんの店主というとやっぱり本が好きで、子どもの頃からいっぱい本を読んでいるイメージなんですが、実際、清政さんはどうでしたか?
清政:いえ、本の虫とか、文学少年とか、そんなこと全くなかったですね。それこそ子どもの頃は漫画の方が好きで、『スラムダンク』とか『ドラゴンボール』とか。どちらかというと文学的な本との距離はそんなに近くはなかったです。
そうなんですね! なんかちょっとホッとしました(笑)。
清政:ただ、地元が三原市なんですけど、いわゆる地方都市というか娯楽の少ない街だったので、子どもだけでどこか行くっていうと本屋さんくらいしかなくて。だから本屋という空間は好きでしたね。
なるほど。いわゆる町の本屋さんみたいなのが近所にあったんですか?
清政:僕の家は団地だったので、近所に本屋さんがあるという環境ではなくて、街なかにある中規模の書店に行くという感じでしたね。
子ども時代の本にまつわることで、印象に残っていることはありますか?
清政:小学生の頃、好きな漫画雑誌の発売日になると父が会社帰りに本屋に寄って買って帰ってくれて、それが楽しみでしたね。
ああ、いいエピソードですね。清政さんも普通の小学生だったというか(笑)。中学・高校生時代の本との距離感はどうだったんですか?
清政:その頃になると、やっぱりファッション誌とかカルチャー誌とかに興味があって、そういう雑誌をよく読んでました。
清政:一番好きだったのは『relax(リラックス)』ですね。
カルチャー誌の代表的存在というか、今でも中古本とかで人気のある雑誌ですよね。
清政:人気のある号は高値になってたりするのかな。とにかく好きで何度も読み返したりしてましたね。
大学時代はどうですか? たしか広島大学の文学部のご出身ですよね。
清政:今思えば、そういう学部を選んだってことは本と縁があったのかなと思いますけど、当時は一番入りやすい学部を選んだって感じでしたけどね(笑)。
清政:やっぱり雑誌系がメインでしたね。当時、まだインターネットが出始めで、情報収集先はやっぱり雑誌でしたから。2000年代初めだったので、雑誌の売り上げも下がってきてた頃かなとは思うんですけど、今に比べると雑誌もまだまだ元気だったですね。
本屋という仕事に巡り会えた幸せ
いざ、就職ってなったときはどんな進路を考えていたんですか?
清政:メディア系への憧れはあったんですけど、地元の会社を中心に就職活動をして決まったところに就職したという感じで、チラシを作成したりしてました。廿日市市に勤務したんですけど、28歳のときに東京の事業所に転勤になって。
三原市から東広島市、廿日市市とずっと広島県の中でも郊外で過ごして、いきなり東京というのはどんな感じでした?
清政:やっぱり刺激的で楽しかったですね。でもその2年後の2011年に東日本大震災が起きて。ちょうど30歳のときだったんですけど。30歳ってなんとなく節目でもあるし、当時の仕事に対する興味も失いつつあって、何か新しいチャレンジをしたいなと漠然と思っていたんです。そんなときに、あの震災が起きて。
清政:テレビの報道で被災地の状況など見ていて、「自分はやろうと思えばなんでもできるはずなのに、何をやってんだろう」と思って。でも、自分が何をやりたいのかわからない、そんな悶々とした時期が半年くらいありました。
清政:で、その年の10月に、リブロ広島店っていう、広島にいるときによく通っていた本屋があるんですけど、そこが閉店するというニュースをたまたまネットで見つけて。その瞬間、「どうして自分の好きな場所がどんどんなくなるんだろう」って、悲しいっていうより怒りに近い感情が湧きおこって。
清政:地元の広島に対して「もっと頑張れよ」みたいな。で、次の瞬間、「じゃあ、自分が本屋をやろう」と思ったんですよね。
悲しみとか怒りの次に、いきなり「じゃあ、自分がやろう」っていうところの落差に驚くというか、そこがすごいと思うんですけど。
清政:それは震災で生き方を見つめ直していたり、転職も考えていたり、いろんな伏線があってのことですけど。あと、貯金もあったのでなんとかなるんじゃないかって思えたというのもあるかも。
それでもやっぱり大きい決断だったと思うのですが、性格的にたまに思い切った行動にでちゃうタイプだとか?
清政:いや、その辺は自分でもよくわからないですけど(笑)。進学も就職も自分自身の選択ではあったんですけど、手に入りやすいものを選んできたような、どこか受け身で生きてきた感覚があって。でも本屋をやろうと思った瞬間は、初めて自分で能動的になったというか。
清政:うーん、本屋という仕事に巡り会えたのは、「僥倖」だったと思うんですね。
清政:僥倖って「滅多に訪れないような幸せ」という意味なんですけど、僥倖が起きたこと自体が自分にとってギフトだったのかなと思うんです。
清政:そういうタイミングは誰にでも起きているはずなんですけど、ただ、いろんな事情があって手を伸ばさなかったというか、伸ばせなかった人たちもいる中で、僕はいろんな条件がちょうど整ったタイミングで手を伸ばすことができたんだと思うんです。
タイミングがちょうど合って、自分でつかみ取れたということを幸せに感じている、ということでしょうか。
清政:僕の人生の中で、仕事をするということは大きな割合を占めているので、自分がやりたいことを仕事にできたというのはやっぱり幸せなことだなと思います。本屋って商売的には厳しいですけど、せっかく掴んだ幸せなので踏ん張っています。
そうやって本屋を始めたのが2014年でしたっけ。それからあっという間でしたか?
清政:本屋として本を売るだけじゃなくて、いろんなことをしていたらあっという間に6年くらい経ってたという感じですね。
READAN DEATといえば、店内に人を集めてのイベントだったりギャラリーでの展示だとか、そういうこともたくさんされてきましたよね。
清政:そうですね、本屋っていろんなコンテンツを紹介できるんです。地元のコンテンツもあれば県外とか海外とか、いろんなものを紹介できる場所としてやっていきたいなという思いはあって、そうしてきたんですけどね。
2020年は新型コロナ感染症もあって、人を集めて何かをするっていうのが難しくなりましたよね。
清政:店に来てもらうことができない時代に入ってきて、どうしたらいいんだろうなって不安とかはありますけどね。
清政:自分で企画したものもあるけど、自然発生的に生まれる企画がほとんどで。例えば、出版社さんや作家さんと仕入れについてやりとりしていたら、「こういうのをやりませんか?」って話で盛り上がったり、あとは本屋ネットワークっていうのがあって(笑)。
清政:そう、知り合いの本屋さんから「こういう作家さんがいるよ」って紹介されたりとか。
そういう話が自然に集まってくるというのも、きっとREADAN DEATという世界観がちゃんと確立されているからじゃないでしょうか。
編集部員、本を買う
森(編集部):ちょっとここで、僕たちにオススメの本とか選んでほしいんですが。
清政:重い恋愛ですか(笑)。ありますよ。『かなわない』という本なんですが、読んだ人からたまに「しんどかった」とか「途中で読めなくなった」という感想を聞いたりもするんですが、僕はとても面白くて一気に読んでしまいました。
森:僕はコーヒーの淹れ方とか指南してくれるような本があればほしいです。
清政:ああ、思い当たる本はあるんですけど、ちょうど今、それ、きらしてて。他に興味がある本はありますか?
清政:いいと思いますよ。『風の谷のナウシカ』を20年以上かけて考察した本なんで読み応えあると思います。
探し求める本を目当てに来るのではなく、こんな風にふらっときて目についた本との偶然の出合いを楽しむのも、こうした本屋さんならではですね。こんな風にお客さんに相談されることは多いですか?
清政:多くはないけど、時々ありますね。あと、ホテルとか事務所から施設に置く本のディレクションの依頼をされることもあります。
そういうお仕事もあるんですね。確かに本のある空間はそれだけで、一気に文化的な雰囲気が醸されますよね。素敵なお仕事です。
本とうつわが主役の本屋
ところで、うつわは店を立ち上げるときから扱うことを決めていたんですか?
清政:本屋を始める前にすごく惹かれたうつわとの出合いがあって。また本屋修行をした時に、本だけで生計を立てるのは難しいとわかったので、店のもう一つの柱としてうつわを選びました。
店内のギャラリーでよくうつわの作家さんの個展などもされてますよね。READAN DEATにとって、うつわは本と同じくらい主役なんですね。
清政:そうですね。店名のREADAN DEATも、本を読む「READ」とうつわで食べる「EAT」をくっつけた造語なんです。
なるほど! 聞けば納得のお名前です(笑)。そういえば、今度、うつわの本を制作されるそうですが。
清政:うちで展示をしてくれたことがある陶芸家の作品集を作ることになったんです。かなり特殊でファンアイテム的な本になりそうです。
そうなんですね。どんな本ができるのか楽しみにしています!
清政さんのアドバイスのもと、お気に入りの1冊を手にすることができた編集部員。普段、なかなか目にすることのないリトルプレスといわれる、個性豊かな本たちの魅力にすっかりハマったようです。「思いがけない本との偶然の出合いこそ、本屋で本を選ぶ醍醐味」という清政さん。あなたも人生のお供になる一冊をここでみつけてみてはいかがでしょうか。