広島中の+(プラス)体験を集めるWebマガジン 広島CLiP新聞 広島CLiP新聞

公式SNS 広島の耳寄り情報配信中!

アトリエぱお加藤宇章さん|アートで育む創造力と感性が、子どもの生き抜く力を磨く

自身の経験から日本の絵画・造形教室のあり方に疑問を感じ、「自分が通いたいと思う理想の教室」を目指して設立した『アトリエぱお』。現在の会員数約650名。広島県内に15の教室を持つまでに成長してなお、「子どもたちが自由に、楽しく創造できる場所でありたい」とアップデートを続ける加藤さんに、アートと学びの深い関係について伺いました。

取材に伺った、アトリエぱお己斐教室(広島市西区)。

理想の教室づくりを目指して

加藤さんがこのアトリエぱおという教室を始められたのは、1994年ですか?
加藤:そうですね、もう25年以上経っちゃったんですね。
教室を始めたきっかけが、「自分自身が通いたくなるような理想の教室を目指して」とのことだったとお聞きしたのですが、加藤さんにとって理想の教室とはどんなものをイメージされていたのですか?
加藤:うーん、具体的にはイメージできていなかったかもしれません。どちらかというと、子どもの頃に行っていた絵画教室が、自分にとってあまり面白くなかったので、そういうのはしたくないなとは思っていたんで。
反面教師的な感じだったのでしょうか。
加藤:「なんでも描いていいよ」って画用紙一枚渡されて、自分が思いつく絵を描いていたんですが、ただ時間だけが過ぎていく感じで「教えてくれていないな」って思ってしまったんです。それで救われていた人もいるかもしれないんだけどね。
なるほど。何かを学びとりたいという気持ちに応えてもらえなかったというイメージが残ってしまったんですね。
加藤:そういう意味でいうと、(美大の)受験勉強のときは理想に近い学びができたと思うんですが、その一方で、美術の勉強をこういう形でやるのは違うんじゃないかって、どこか疑問符もあったりして。
理論は必要だけどそれだけじゃないような…という感じ?
加藤:ぱおに来てくれる子どもたちには、造形の世界の広がりをできるだけ伝えてあげたくて。教室をいろんな挑戦ができる場所にしたいと思ったんです。
きちんと学びもあって、かつ自由な創作活動ができる場所。加藤さんにとっての「理想の教室」がぼんやり見えた気がします。
そもそも加藤さんと美術との出合いというか、きっかけは何だったのですか?
加藤:小学校6年生のとき、担任が平田先生っていって絵描きもされていた方だったんですけど、屋上から街を見て描くという授業があったんです。描いた絵を平田先生に見せると、「いや、ここがまだ」って言われて、直して「よしできた」と思って見せるとまだまだって…。何回直したか覚えてないけど、何度も何度も駄目出しされて、心の中でひいひい泣きながら描いたんです。
なかなかのスパルタですね。
加藤:で、たぶん時間切れで終わってしまって、苦しい思いだけが残ったんです。先生に対しても「あのヤロー」みたいな感じで(笑)。でもその後、その絵が特選をいただいて、「あ、努力すれば報われるんだな」と思ったんですよね。
報われたという実感が、大きな感動につながったのですね。
加藤:他のことは大して努力してなかったからね(笑)。ちょっとこの世界、面白いなと思っちゃったんですね。でもそのときはまだ、それが職業に結びつくとは考えてなかったですけどね。

幅広いアートに触れてほしい

教室は最初からこのビルで?
加藤:いえ、最初はここから車で15分くらい上がった団地の中で、今も住んでいる家の客間をアトリエに改装して始めたんです。近所の子どもたちが5人くらい集まったかな。
そのときは絵だけですか?
加藤:最初のレッスンでいきなり陶芸をやったんです。それは僕にとっても最初のレッスンだったんですが、たまたまテレビ取材が入ったんです。
最初のレッスンにテレビ取材が入るってすごいですよね!
加藤:当時はまだ電話帳の時代だったんですが、テレビ関係者が電話帳をめくったら「ア」トリエぱおなんで、最初に目に入ったらしく、それで取材しようってことになったという。本当に偶然だったみたい(笑)。
反響がすごかったんじゃないですか?
加藤:それがあまりなかったんです(笑)。でもテレビで紹介してもらえたというので、生徒さんたちも喜んでくれたし、背中を押された感じがしました。
造形の楽しさを子どもたちに伝えたくて、色々な物づくりにチャレンジした。
受け入れられたと感じられたんですね。教室は、最初はご近所の方とか、個人的につながりがある方が来てくれたんですか?
加藤:娘の同級生とか近所のお友達が来てくださってましたね。口コミでだんだん来てくれる方たちが増えて、途中、遠く離れた場所に引っ越しても、辞めずに通ってきてくださった方もいましたね。
教室に通う子どもたちが大きくなっていくにつれて中学校のクラスができたりとか、高校のクラスができたりとか、そういった感じでだんだんクラスも増えていったのですか?
加藤:そうですね、年齢があがってもそれに対応できるスキルが私たちにはあったので、クラスをつくると好きな子は本当に長く続けてくれて。大人になって、今、うちのスタッフをしてくれている子もいますよ。
アトリエぱおには芸大美大受験科コースもある。
現在は、キッズクラスから大人のクラスまでありますよね。
加藤:キッズクラスから通っていた子が「美術で生きて行く」と決めて芸大・美大を目指すというケースも増えています。
大人のクラスも絵画や陶芸などいろんな種類のアートが体験できるのですね。
加藤:一般的なカルチャー教室だと、なんとか先生の油絵教室とか、なんとか先生の陶芸教室とか、ジャンルが固定化されてしまう場合が多いです。でもうちは1つの教室でいろんなジャンルを体験できるのが強みですね。
たしかに!
加藤:ぱおの講師陣は様々な分野の現役アーティストが揃っています。「こんなことやりたい」「あんなことやりたい」っていう要望が出たときに、「じゃあ、これをこんな風にしてみましょう」っていう提案ができるんですよ。
幅広いアートに触れることができる、そこが多くの人に響いている理由でしょうか。
加藤:そうかもしれないですね。ジャンルも年齢層も横断的にできるという教室はあまりないと思います。そういう意味で、僕らのやり方は間違ってなかったのかな、と思います。
アトリエぱおの講師陣がアイデアを出し合ってまとめたカリキュラム。

ベーシックが自由な表現をうみだす

ぱお独自のカリキュラムというのがあると聞いたのですが。
加藤:うちの特徴は、ベーシックなところはしっかりと、年に何回も学べるようなカリキュラムにしています。
ベーシックな学びとは?
加藤:例えば3原色の混色をして、それをじっくり観察するというレッスン。これをするとだいたい色の構造が分かってくるんですよ。この色とこの色を組み合わせればこの色ができる、ということが分かる。そういうベーシックの部分をきちっと習得できてこそ、はじめて自由に表現ができるようになるんです。
レッスンでは技術や素材の特性などベーシックの学びを大切にしている。
なるほど。そこがぱおのカリキュラムの根幹ですね。
加藤:そうですね。基礎的な技術はしっかりと教えるようにしています。
3~6歳のこどもが通うこどもクラス(プチ)の一コマ。
講師は本当に困ったときに必要なアドバイスを伝えます。
生き生きと創作に励む小さなアーティストたち。
それを踏まえた上で、ぱおが一番大切にしてることは何ですか?
加藤:やはりベースは「創造力の育成」ですね。他のことはそれに派生してくる、というか。人間が人間になれた所以も、創造力にあると思うんですね。
なるほど。
加藤:人間は過酷な環境の中で、コミュニケーションをとったり道具をつくって、それを使って生き延びてきた。僕らの中に流れているそういう創造力のDNAを大事にしたいなと思っていて。
答えがないところに自分なりに答えを見出すというか。
加藤:今の学校での学びって、先生たちは答えを知ってて、「何たす何はいくつでしょう?」って聞いて、その答えを教えるわけじゃないですか。でも世の中に出ちゃうと、決まった答えは絶対ないので、答えがないところに自分なりに答えを見出す力が必須なんです。周囲の人たちに、納得してもらえるようなものを考えて見出していく、そのための創造力とか創意工夫する力を育てることを大事にしています。
頭を働かせて、工夫して、手を動かして。そういうことが創造力に結びついていくわけですよね。深いですね、アートって。
加藤:最近ね、絵を描きながら手元がびびっている学生が多いんですよね。「うまくいかなかったらどうしよう」ってなってる。「大丈夫だよ、君が失敗しても誰も死んだりしないから」っていうと、「あ、そうか」って力を抜くことができるんですよね。そんな適当さも必要なんじゃないかな。

創造力が街を変え、世界を繋ぐ

ぱおは地域と連携した社会活動も積極的にされているイメージがあります。例えば「キッズゲルニカ」の活動はとても印象的なのですが、あれはどういうきっかけで始められたんですか?
加藤:22~23年前だったかな。広島の小学校の先生たちが有志でキッズゲルニカの活動をされているというニュースをちらっと見て、自分もいつかやりたいなと思っていたんですね。それから何年も経って、ある催しに出席したときのことです。僕の後ろでキッズゲルニカの話をしてる人がいて、「今、キッズゲルニカって言いました?」って話しかけたら、キッズゲルニカの日本の事務局長をしていた大妻大学の金田先生がちょうど後ろにいて。
運命的な出会いですね。
加藤:その後、いろんなご縁もつないでいただいて、被曝70周年のときにキッズゲルニカ20枚を制作しました。足りない分を千葉の教室やインドとか他の国にも協力してもらって、20枚なんとか集めました。
2015年に原爆ドーム対岸にある親水テラスに展示したキッズゲルニカ。
かなりグローバルな展開になっているのですね。
加藤:広島で製作した作品のうち、半分くらいはウクライナに寄贈しました。実はウクライナにはチェルノブイリ原発の廃炉作業員たちが住んでいる街があって、そういうところですごく喜んでもらえるんです。先日亡くなった髙田賢三さんが代表を務める「起き上がりこぼしプロジェクト」にも取り組んでいるのですが、その作品もウクライナに寄贈しています。
「起き上がりこぼしプロジェクト」の作品をウクライナに寄贈したときの様子。
ウクライナの人にとって広島はどんな存在なんでしょう。
加藤:ウクライナや、例えば福島といった被爆地、被災地の人にとっては、広島は立派に復興した街っていう捉え方なんです。なので、広島発信のものをとても喜んで受け入れてくれるんです。
広島は復興した街のシンボルなんですね。他にも、ぱおでは近隣の西広島駅前のシャッター通りで壁画制作にも取り組まれました。
熱心に取り組む子どもたちの様子に、心打たれた街の人も多かったそう。
加藤:実はあのシャッター通りについては、どうにかしたいと気になっていたんですが、ちょうど西広島賑わい作り協議会の方からご相談をいただいて。じゃあ、なんか楽しい感じの絵を描きましょうよっていうことになって、うちの美大受験生と大学生とスタッフたちで絵を描かせてもらったんです。
反響はどうでしたか?
加藤:手伝ってくれた学生から聞いた話なんですけどね、絵を描いていると「これはいいことだね」とか、「賑やかになっていいね」とか、「頑張って」って街の人が声かけてくれたらしいんです。
ああ、うれしいですね。
加藤:その子は地元の子だったんですが、「最近は寂れた街になっちゃったなと思っていたけど、住んでいる人たちの気持ちのあったかさは変わってないんだなと思った」って。それを聞いて、地域の方や通りすがりの方も、あの絵を見て、そんな風に感じてくださったらうれしいなあって思いました。
本当ですね。こういった活動がもっと増えていくといいですね。
加藤:まだシャッターはいっぱいありますからね(笑)。今回は日程の問題とかもあってうちの関係者だけでやったんですが、いろんな課題をクリアできれば、地域の学校の生徒たちとか、もっといろんな方も巻き込んで、賑わいをつくれたらいいなと思っています。

編集部スタッフが手のスケッチに挑戦!

最後にもしよかったら、私たちも何かアートを体験させてもらえたらと思うのですがいいでしょうか?
加藤:いいですよ。手を描いてみますか?
森(編集部):人を描いたら犬って言われていたくらいの僕ですが、大丈夫ですか(笑)。
加藤:あぁ…(笑)、とりあえずやってみましょう。
副編集長・森と藤安が挑戦します。まず自分の手の形をそのまま、鉛筆で型取りしていきます。
形が取れたら水彩絵の具で色づけします。
塗った後、手のシワや血管の色をつけていきます。
手の中にも光が当たる部分、影の部分といろんな色があることが分かります。
「上手!」お互い褒めあい、慰め合う(笑)二人。
完成!
先生のご指導のおかげで二人ともなかなか上手に描けたんじゃないでしょうか(笑)。
加藤:いや、うまくいかなくてもしようがないなと思っていたけど、かなり期待以上の出来です。すごく集中できていましたね。指のシワの繊細な線が出ているのが素晴らしい! 今まで使ってなかった脳の領域をかなり刺激したんじゃないかな(笑)。
森:実は絵を描くって苦手意識があったんですけど、すごく面白いですね。ハマりそうです。ありがとうございました!

「絵は苦手」という副編集長に、「アートの魅力は、何でもよしっていうところなんですよ」と加藤さん。その言葉に励まされ、チャレンジした手のスケッチで本人も予想外(!?)の実力を発揮。描き終わる頃には「画材を揃えて、家でも描いてみようかな」と、すっかり絵の虜に。大人になってチャレンジするとまた違った楽しさを発見できるのかもしれません。アトリエぱおでは大人用のコースも充実しているそうなので、まずは気軽にトライしてみてはいかがでしょうか。

アトリエぱお 造形教育研究所 代表

加藤 宇章さん

東京芸術大学彫刻科を卒業後、造形研究所講師を務めたのち、「自分自身が通いたくなるような理想の教室」を目指して広島市に『アトリエぱお 造形教育研究所』を創立。教室を展開するほか、キッズゲルニカなどさまざまな地域活動を通して、身近なアートの普及にとつとめている。

アトリエぱお

広島市西区己斐本町1-7-10-2F

TEL.082-271-0870

アクセス
広島CLiP新聞編集部(CLiP HIROSHIMA)から車で約20分