2017年に開業したほーむけあクリニックは、「家庭医療専門医」がいる特徴的なクリニックです。院長の横林賢一さんは、「家庭医療と街づくりはつながっている」と言います。横林さんの医療の考え方や街づくりにつながる取り組みについて教えてもらいます。
家庭医療専門医として開業
横林さんが医療の道を選んだのは、どんなきっかけからだったんでしょうか?
横林:僕は広島出身なのですが、父親が転勤の多い仕事で小学校のときには3回転校しました。そうした中でも新しい友達をつくることが楽しいなと思う気持ちがあって、人と関わる仕事がしたいと子どもながらに思っていました。それで学校の先生か医者がいいなと考えるようになりました。
小学生くらいの頃にはそんな風に考えていたんですか?
横林:いえ、中学生までは具体的には考えていなくて、高校生の頃ですね。姉が教師の道に進んだので、じゃあ自分は医者の方に進もうと。
大学卒業後、病院勤務や海外の大学での研究を経てこちらを開業されたのは2017年ですよね。
横林:広島大学病院に勤めていた頃、在宅専門のクリニックで週1回ほど外勤していました。その院長をされていた小西先生といろいろ話すうちにやりたい医療の方向性が一致して、それなら一緒に新しく始めようということになったんです。それで開業したのがこのほーむけあクリニックです。
竹屋町エリアにつくるというのは決められていたんですか?
横林:小西先生がされていた在宅クリニックがこの近くだったというのが一つと、通っていた学校が近くだったので僕自身にとってもなじみのあるエリアだったということもあります。あと、僕は家庭医療専門医なので、開業するのであれば診療圏と生活圏を重ねたいと思っていたことも大きいです。
生活している人とともにあるのが家庭医療
「家庭医療」というのは珍しいかなと思うんですけど、専門にされている医師の方は多いんですか?
横林:日本では家庭医療という分野はまだなじみがないと思うんですけど、海外では一般的なんです。僕自身も実は医者になるまで知らなくて、それくらい日本では認知されていない分野だったんですよ。
横林さんは、その家庭医療をどのように知ったんですか?
横林:大学を2003年に卒業して研修医になって、町のお医者さんになりたいと考えました。そんなときに、アメリカで家庭医をしている先生の講演を聞いたんです。自分がやりたいことには家庭医療という名前が付いていて、こういう医療の分野があるんだと知りました。
じゃあその当時は本当に、まだまだ家庭医療を専門にされている方が国内には少なかったんですね。
横林:そうなんです。専門的に学びたいと思っていろいろ探して、東京にプログラムがあったのでそこで研修をしました。
家庭医療というのは、具体的にはどんなものになるんですか?
横林:年齢や性別、疾患などに関わらず、何でも相談に乗る医療です。赤ちゃんの乳児検診もするし高齢者の方の膝の治療とかもするし、分かりやすくいうとDr.コトーに近いですかね。この家庭医療専門医というのが自分のプライオリティだと思っています。良かったら、院内を見てみませんか?
横林:診察室は全部で6つあります。患者さんが個室で待ち、医師や看護師が部屋へ行く米国式の外来スタイルを採用しているんですよ。
森(編集部):米国式だとどんな部分が良いんですか?
横林:クリニックにはさまざまな症状のある患者さんがいらっしゃるので、感染リスクが通常よりも低くできるという点が良いですね。コロナ禍もこのおかげでだいぶんリスクを低くすることができたと思います。
藤安(編集部):こっちの診察室にはカープグッズが多くありますね。
横林:僕自身は並みのファンなんですけど(笑)、やっぱり皆さんカープというと自然と話してくれたり元気になるんです。気持ちの面でもリラックスしていただきたいので、こうしてグッズを置いている診察室もあるんですよ。
横林:ここは入院病棟の一室です。自分が入院したいと思える病室にしたいと思ってつくりました。ほとんどの病室を個室にして、患者さんとご家族が過ごしやすいようにしています。
横林:ここでは機械浴を行います。快適性が高くて患者さんからも人気なんですよ。
患者さんとそのご家族が行きやすかったり過ごしやすかったりする工夫がたくさんありますね。
横林:そうですね、他のクリニックと比べると特殊な仕様が多いです。ただ、家庭医としてはこのクリニック内だけではできることが限られると思っていて。
横林:家庭医は、患者さんを診て治すというよりは、生活している人を診るという感じなんです。なので、生活をしている=どこかに住んでいるということなので、地域や街づくりという部分にも関わってくるものだと考えています。それで自分自身も生活圏と診療圏を一緒にすることで、より本腰を入れて地域の人に医療のアドバイスをしたり、必要なときにサポートができるようにしたんですよ。病気だけを診て治すというのではなくて、生活を診るっていうのが家庭医だと思っています。
なるほど、生活圏と診療圏を一緒にするというのはそういう想いからだったんですね。
人とのつながりが笑顔や健康を生み出す
生活を診るということは、患者さんにとってはより日常に近いというか、寄り添ってもらえる感じになるのかなと感じました。
横林:そうですね。診療だけではなく、クリニック内にはJaroカフェというオープンスペースも設けています。誰でも無料で来ることができる、地域に開けた場所もあるんですよ。
横林:定期的に開いている「まちのほけんしつ」では気軽に健康相談ができたり、医学生に協力してもらって子どもたちの宿題をみてもらったりできる子ども食堂、認知症の予防とフォローを兼ねた認知症カフェなどを開いています。
子どもから高齢の方まで幅広く行ける場所なんですね。
横林:はい、年齢問わず自由に過ごせる場所です。あとは社会的処方という言葉があるんですけど、通常は医師が薬を処方しますが、社会的処方は社会資源を処方するというものです。例えば産後うつになっているお母さんがいたとしたら、離乳食教室やベビーマッサージ教室を紹介したりするんですよ。
薬ではなくて、そうした場所や情報を提供するということですね。
横林:子育ての知識を得られる場になりますし、参加することでお母さん同士のつながりができて、悩みや近況を共有することで気持ちの面でもプラスに働いていくことが多いんです。
人と人のつながりを生む役割も担っている場、ということでしょうか。
横林:はい、人と人のつながりは健康面にプラスになるというのは昔から言われていることで。クリニックを建設中の一年間、ハーバード大学に留学してソーシャルキャピタルを専門にしている先生のもとで学んできました。人と人のつながりが人の笑顔や健康につながるということを自分の中にちゃんと落とし込んで、この場所の必要性を明確にしたうえで開院しました。
それはすごい…! 自分の住んでいる地域にこうした場所があって自由に行けるなら、安心感があります。
横林:診察とJaroカフェを一人で全部やるのは大変なので、リンクワーカーとして塚本さんにいていただいて、人と人、人と地域をつなげるコーディネートをしてもらっています。
リンクワーカー…、これもまた聞きなじみがない職種ですね。
横林:クリニックでリンクワーカーを採用しているところは、日本国内ではまだ少ないと思います。ただイギリスでは多いですよ。
日本では前例がないようなことを、ほーむけあさんではさまざまな面で取り入れていらっしゃいますね。
横林:別に新しいもの好きではないんですけど(笑)、良いものにしようとしたらこのような形になりました。僕は医師だけど院長として組織運営や経営面も考えないといけません。その比重が多くなってしまうと自分自身が辛くなってしまうときがあって。でもJaroカフェはお金を生まない場所で、地域の人に少しでも笑顔になってもらいたいという想いを具現化できる場所なので、ここが自分のバランスを取ってくれているという面もあります。
医療を通して温かな街づくりを
今日お話しを聞いたり見学をさせてもらって、このクリニックには隅々まで横林さんの医療に対する考え方や想いが表れているんだなと感じました。
横林:ありがとうございます。地域の方が少しでも「どうしよう」とか「ちょっと気になるな」と思ったときに気兼ねなく来れる、かかりつけクリニックでありたいと思っています。うちの一番の自慢はスタッフの優しさと質なので、病院はなんだか怖いと感じられている人にも不安なく来ていただきたいですね。
医療の環境はまだまだ変化があるかもしれないですが、横林さんはこれからどのようなものを届けていきたいと考えていらっしゃいますか?
横林:今やっている外来・訪問・入院診療やJaroカフェの活動は引き続き続けていきます。でもそれだけだとまだ足りていない部分も多いと思うんです。美容院に行ったり食事に行ったり、家族や友達と旅行したり映画館に行きたい気持ちは、病気があってもなくてもみんな同じようにあるんだけど、実際には病気の方が気兼ねなく行ける場所というのが少なくて。
横林:生活を診るという視点でいうと、そういう部分がまだ足りていないところかなと思います。なのでコロナの状況が落ち着き次第、そういうものを提供できるように準備をしているところです。これに関してはあえて営利を求めて、きちんと社会に根付いて残せるものにしていきたいと考えています。
ほーむけあさんだけでやるのではなく、社会全体がそういう環境になるようにしていかないといけないですもんね。
横林:クリニックだけだと限界がありますからね。昔は自分が理想を持ってそれを達成していくことを重視している時期もあったんですけど、それはかなり傲慢な考え方だったなと思って。自分たちだけじゃなくて周りの人と一緒に、それぞれの強みや弱みを補完し合いながら、できることを少しずつやっていくことが、結果的に温かな街づくりにつながっていくんだろうなと今は考えています。
医療についてのお話しから、その先にある街づくりについてまで。「人と地域がつながって街をつくる」という横林さんの言葉は、同じ想いを持つ私たち広島CLiP新聞メンバーにも深く響くものがありました。家庭医療やリンクワーカー、こうした専門分野や職種は、これからもっと広島でニーズが高まっていきそうです。