広島県三次市三和町で『三次ジビエ工房』を営んでいる片岡誠さん。野生鳥獣による農作物被害が、地元農家の深刻な悩みになっていることを知り、被害を食い止めるために「ジビエプロジェクト」をスタート。地域の活性化につなげようと、自ら猟師として野生鳥獣の捕獲にも取り組む片岡さんにジビエの活用ついて尋ねました。
経験して得た知識があるからこその強み
最初は工業系のお仕事をされていたとお聞きしました。
片岡:埼玉県の電子部品メーカーで新商品を開発する仕事に携わっていました。会社を退職して三次に戻り、地元の電子部品会社に再就職したんです。ですが管理部門の勤務だったため、自分は商品を作りたいという思いがあったので退職し、道の駅の料理部門に転職しました。そこから実務経験を積み調理師免許を取得したんです。
片岡:料理を作ることが好きだったので、私が作った料理で人に喜んで欲しいと思ったんです。最初は調理のみを行っていましたが、途中から企画の仕事もさせていただくことになりました。当時、道の駅では屋外での対面販売が賑わっていて、特産品の販売やパンを焼くなどいろいろ経験をさせてもらいました。
そうだったのですね。電子商品の開発から全く違う仕事をされていかがでしたか?
片岡:就職した当時職場には、『料理人は職人』という雰囲気があり料理を作るだけでした。ですが原価や仕入れ状況を数値化することにより、経費の削減などをしようと思い、パソコンを活用するなど改善していく楽しさがありましたね。
片岡:経験して得た知識があるからこそ生かせる強みがありますね。料理人の考え方だけではなく、料理を含めた経営を考えないと駄目なんです。そういった考え方で仕事をしていたところ、当時、地元の物産館が町営から民営化に変わるタイミングで物産館の代表の話をいただきました。そのときも経営的な立場で行っていくことに不安は無くて、逆に自分のやりたいことができるなと思いましたね。
物産館ではどのようなことを考えて運営されたのですか?
片岡:地元の食材を活用し販売することをテーマにしました。地域に親しまれ、地域で誇れる場所にしたいという思いがあったので、ただ営業するだけではなく地域貢献をするためにはどうすれば実現できるかを考えていきましたね。
片岡:物産館では地元の食材を使った料理の販売、地元で採れた野菜や加工品の販売をしました。その他にも月1回、広島市内のアンテナショップに地元の野菜を運んで販売をしましたね。「こういう野菜が売れるよ」「この野菜を作ってほしい」など加工品も含めて、アンテナショップでの情報を頻繁に農家さんに展開して、農家さんが活性化するように取り組みました。
野生鳥獣による農作物被害を食い止めるために始まったプロジェクト
ジビエプロジェクトを行っているとお聞きしましたが、いつからスタートしたのですか?
片岡:当時、物産館の仕事をしながらジビエについていろいろ調査を重ね、2013年からスタートしました。捕獲した野生鳥獣の処理場はまだなかったので、三和で獲れた鹿や猪を隣町にある知人の処理場で加工してもらっていたんです。
片岡:野生鳥獣による農作物被害で野菜が物産館に集まらなくなってきたことが大きなきっかけでした。物産館を引き継いだ当時は地元の野菜が多く集まっていたのですが、年々と野菜が集まらなくなってきたんです。原因は農家の高齢化もあるのですが、1番は野生鳥獣による被害と分かったんです。
野生鳥獣による被害ですか!それからどのようにされたのですか?
片岡:私の父も猟師だったので被害の情報は聞いていたんです。鳥獣被害により野菜が採れない、でも鹿や猪は多く捕れる。しかし鹿や猪は何も活用せず廃棄していることを知って、「何とかならないか」と身近な方たちから相談を受け有益にすることを考えました。
それが鹿肉や猪肉などを活用したジビエプロジェクトの始まりなんですね。
片岡:そうなんです。鹿や猪を活用した事業をするにあたり、採算が合うのかを最初に考えました。捕獲しないと商品ができないため、『捕獲はちゃんとできるのか』がこのプロジェクトを始める上で1番の問題でしたね。
片岡:三和町には猟友会があり、話を聞くと年間700頭近くの鹿や猪などを捕獲していて、供給量も問題ないことが分かったんです。自分も猟師になり猟友会に入って友好関係をつくり、捕獲したら声をかけてもらうという流れをつくりました。
プロジェクトをスタートした当時、処理した肉はどのように販売されたのですか?
片岡:まずは、物産館のレストランでジビエ料理を提供したり、直売所でも商品を販売しました。遠方から来られたお客様にも購入していただくことができ、良いスタートがきれました。
それは良かったですね。処理施設『三次ジビエ工房』はいつ造られたのですか?
片岡:いろいろな処理施設を見学し、設備や処理施設の課題を参考にして2016年に『三次ジビエ工房』を造りました。当時、採算性に課題をかかえる処理施設が多かったんです。その原因は、1頭当たりの食べられる部位は3割しかなく、人が食べられる部位だけしか加工していない処理施設が多かったからなんです。
片岡:食べられない残りの7割は、価値を生み出せず廃棄している状態でした。3割で採算をあげようとすると、頭数を多くさばいて販売するしかないんです。そうすると廃棄部位も多く出るし、従業員も多く雇うことになり経費がかかるので、廃棄部位を活用する方法を考え犬用の商品開発も処理施設を建設と同時に始めたんです。
片岡:ドッグカフェを経営されている方から、「鹿肉は犬にとって非常に良い食材」と聞いたんです。調べると、犬の先祖である狼は、主に鹿を食べていたみたいです。もしかしたら「全ての部位が何かに使えるのではないか」と思い商品にしたんです。
商品開発を重ね、犬用に商品化されて評判はいかがでしたか?
片岡:当時は、犬用で高い値段のおやつを買う習慣が定着していなかったので「お金を出してまで、犬の餌を買う人がいるわけない」などお客様から厳しい意見もありました。まだ食べ方を知らない時代でもあったので、部位によって「食べ方が分からない」という声もあり最初は販売に苦労しました。
そうだったのですね。犬用のジビエを広めるためにどのような活動をされたのですか?
片岡:いろいろなイベントに出店して、直接お客様に発信していく活動をしました。お客様と対話することで信頼していただき、意見も聞けました。お客様の話を聞きながらの商品開発は、商品の魅力の伝え方も勉強にでき、3年目ぐらいから売れ始めて、今ではご好評をいただいけるようになりました。
犬用のジビエを広めるため、いろいろ活動をされたのですね。
片岡:昔は犬には市販のドッグフードだけを与えるのが普通で、おやつを与えることは無かったんです。ですが時代が変わり、最近ではおやつを与える方や犬の食事を手作りする方も増えています。鹿の内臓部位が欲しいというお客様も増えており、今では広島県だけではなく他県からも依頼があるんですよ。
お客様に良さが伝わって良かったですね!私も鹿肉を食べた愛犬が元気になったと聞いたことがあります。
片岡:犬に「これを食べて」と言葉で言っても伝わらないですよね。犬が「食べたい」と思わないと食べないのでそれは何かと考えたんです。先祖は狼なので『本能を刺激する』本来食べていたものを与えることが、言葉より犬に伝わるのだと思います。
片岡:匂いで刺激するんです。犬は会話ができないので、表情などで判断するしかできないですよね。元気がない犬は食欲もないので、匂いで本能を刺激して『食べる』ことを掘り起こし食べさせるんです。栄養も豊富なので元気になると思います。
片岡:各部位にいろいろな食べ方がありますが、鹿の重量の約20%が骨の重量なんです。骨をうまく活用できれば廃棄も減るので、骨を煮たスープもおすすめの一つですね。
進む猟師の高齢化と有害鳥獣の拡大
片岡さんも猟友会に入り猟師をされていると伺いましたが、なぜ、猟師になられたのですか?
片岡:猟師だった父の影響もあるのですが、捕獲の仕方や捕獲したときの状態を知ろうと思ったんです。状態を知らないと良い肉はできないので。猟師の高齢化で世代が途絶えてしまうこともあり、自分が猟師もして学ぶことが大事だと思いました。
片岡:三和町だけではなく他の地域もそうなんですけど、猟友会は高齢の方が多いので5年後には今の猟師が大幅に減ると言われています。猟師が減ると有害鳥獣による被害が今よりもっと増え、農家の方が困ってしまうんです。
片岡:三和地区の猟友会は35名前後います。その中に三次市有害鳥獣駆除班の猟師が14名おり、私もそのメンバーの1人で有害鳥獣が多いため、猟期関係なくほぼ1年中捕獲しているんです。
片岡:通常は毎年11月15日から2月15日までが一般的な日本の猟期なんです。ですが、鹿や猪など有害鳥獣の生息数が拡大しており、猟期以外でも各市町村によって特別に有害駆除の許可をだしているので、1年中鹿や猪を捕獲しているんです。
片岡:捕獲方法には、箱の中に餌を用意して誘い込み捕獲する『箱罠』や、猟具を使って獲物が通るとワイヤーなどが足を括り捕獲する『くくり罠』、猟犬を山に放ち、鹿などを追わせ待ち構えて捕獲する『巻き狩り』の捕獲方法があります。
捕獲した鹿などを加工するとき、気をつけていることはありますか?
片岡:鮮度の良い肉質を保つため、作業を素早くすることに気を付けています。捕獲したら現地ですぐ血抜きをして、できるだけ30分以内に処理場に持ち帰るんです。内臓を取り除いて保冷庫で3日間寝かせて解体し、用途別の部位ごとに分けていく一連の流れで作業をすることで無駄な工程がありません。自社で捕獲から加工、販売まで一貫して行っているので、鮮度の良い新鮮なお肉を提供できるんです。
『全部位を有効活用』当初からの思い
ジビエプロジェクトをスタートして、これまで苦労したことはなんですか?
片岡:ジビエを始めたとき、材料がいつ入ってくるのかがわからず作業計画が立てれなかったことと、販路の選定で苦労しましたね。突然連絡があり、多いときは朝から夜遅くまで引き取りや加工をすることもありました。これでは体がもたないと思い、引き取り時間や1日の処理頭数、作業者の役割分担を決めるなど効率良くできるように変えたんです。
そうだったのですね。販路の選定とは商品の売り先ということですか?
片岡:そうです。どうやって売るか販路の開拓が全くできていなかったんです。開拓しようと思っても大手スーパーでは多くの量が必要になり対応できない、小さな商店ではなかなか売れないなど販路の選定も悩みました。現在ではイベントや通信販売等での直接販売の強化に取り組んでいます。又、特産品販売を行っているアンテナショップでも販売しています。
売り先などの苦労がいろいろあったなかで、うれしかったことはありますか?
片岡:飼い主さんから「愛犬の食欲がなく心配していたけどジビエ商品を食べさせたら元気になったよ」と電話で泣きながら話をされる方もいたり。そういう感謝の連絡をいただくんです。人用の食品ではそういう連絡をもらうことは全くないのですが、犬用の食材でわざわざ連絡をいただいて感謝の言葉をいただけたときは本当にうれしいですね。
片岡さん自ら猟も行い加工や販売まで一貫してされていますが、これからやりたいことなどはありますか?
片岡:処理施設を立てて約3年目ぐらいから認知度も上がり需要も増えてきたのはうれしいんですけど、最初からの考えである『全部位を有効活用』はまだ8割しか活用できていないんです。残り2割の部位を使えるように考えていきたいですね。また、更に付加価値を上げる商品開発もしていきたいです。
片岡:現在レトルト商品があるので、もう少し改良して人用の防災食料と、犬用の防災食料も新たに開発したいと考えています。救援物資に犬用の食料もあるんですけど、犬は環境の変化や精神的なストレスがあると、食欲がなくなり食べないんです。食欲がない犬も食べてもらえる商品を開発して展開していけたらと思いますね。
2013年、野生鳥獣による農作物被害からジビエプロジェクトをスタートした片岡さん。野生鳥獣を活用した特産品作りや地域の活性化に取り組んでいます。捕獲した野生鳥獣の命を無駄にしないため『全部位を有効活用する』という当初からの思いは今後も変わりません。常に新しい商品を研究開発しながら、多くのお客様にジビエの魅力を発信する活動の今後が楽しみです。