例えば、コンサート告知のテレビCM、公共交通機関のターミナルやショッピングモールの館内アナウンスなど、広島に住んでいる人なら一度は聞いたことがあるだろう北村恵さんの声。「ナレーターは声を使ってヒト・モノ・コトをつなぐ橋渡し役」と語る北村さんに、ナレーターの仕事の魅力について話を聞きました。
“言葉”に多く触れた学生時代
地元広島の高校を卒業後海外に留学されたそうですが、どちらに行かれていたんですか?
北村:アメリカのオハイオ州にある大学へ留学しました。小さい頃から絵画鑑賞が好きで、フランス語の絵のタイトルがもっと分かるようになったら楽しいだろうな、という思いから、アメリカの大学ではフランス語を専攻、アートを副専攻にしたんです。大学3年のときフランスにも半年ほどホームステイして、結局4年半日本を離れていました。
学生の頃から言葉や海外の文化、芸術が身近にある環境にいたんですね。
北村:そうですね。小学生のころから英会話スクールに通っていたり、家の隣にアメリカ人が住んでいたこともあって英語には親しみがありましたし、学生のころから英語のスピーチコンテストに出たりもしていました。
スピーチをすることや、話すことに興味があったんですか?
北村:うーん、作文も好きで、「将来は何かを表現する職業に就くだろうな」とは、うっすら思っていました。学生時代は学級委員や生徒会をするようなタイプで、人前で話すのは慣れっこだったので、スピーチコンテストはその延長線という感じですかね。
声の仕事を始めたきっかけ
人前で話すのがいつものことだったということは、ナレーターになろうと決めたのもそのころですか?
北村:全然(笑)!普通に就職するつもりで、大学卒業後に帰国して就職活動をしていました。でも、進みたい業界も定まらず会社の面接を受けていたので、なかなか受からなくて。そうしているときに、広島のFM局が新人DJを募集しているという新聞記事を見つけたんですよ。それで「あ!」と思ったんです。
北村:以前、友人から「めぐちゃん声がいいし、話し方がよく聴くラジオDJにそっくり」と言われたり、電話での受話器越しの声を褒められたことを思い出したんです。もともと音楽が好きで、留学中は大学の寮でずっとラジオを聴いていたので、「あ、これだ!」と自分の中でつながったんですね。人生で初めてオーディションを受けました。
初めてでオーディションに受かるってすごいですね!受かってからはどんなお仕事をされたんですか?
北村:右も左も分からない素人でしたが、ラッキーなことに、受かってすぐ2時間生放送の音楽番組をもたせてもらいました。当時はとにかくいろんなアーティストのライブに足を運んで、年間150ステージは見ていたと思います。その後、カウントダウン番組や、定時のニュースなども担当しました。
ナレーターの仕事を通して深まる地元愛
ナレーターのお仕事をするきっかけは何だったんですか?
北村:ラジオを聞いていた広告代理店の方から「あなたの声でCMを読んでほしい」とオファーをいただいたんです。その時は、そんな世界があるなんて知らなかったからびっくりしました。それをきっかけに、一つの仕事がまた次の仕事へとつながっていって、今に至ります。最初は下手っぴだったと思いますが(笑)、懲りずに使い続けてくださった方々に感謝ですね。
ナレーターと聞いて私たちがイメージするのは、CMやテレビ番組のナレーションですが、他にはどんな場面で北村さんの声が使われているのでしょうか?
北村:店内放送やデジタルサイネージ、会社の留守番電話、工場のアラートなど、ひと言でナレーションと言っても皆さんが思っている以上にいろいろな種類があります。危険を知らせるアラートなどは、本来流れる機会がない方が良いものですよね。また、最近ではSNS広告の割合が増えたことを実感しています。
SNS広告ということは、北村さんの声を使いたい企業などからのオファーが全国、または世界からくると思うのですが場所や国境がなくなることで変化したことはありますか?
北村:自分がナレーションをした広告や動画を見てもらえる可能性が無限に広がりました。例えば、SNSでつながっている他県や海外の方に「見たよ!」と言われる機会が増えて、その反応やコメントが励みになります。ただ、SNSの広告はターゲットを絞って流しているので、ナレーションをした私でも見る機会が少なくて。どんな風に流れているのか把握できないのは少し寂しいですね。
ナレーターは声だけで伝えることが多いお仕事だと思いますが、どうやって表現力を磨いているのか興味があります。
北村:目に映るもの、聞くもの、すべてが教材だと思っています。テレビやラジオから好みの声が聞こえてきたらすぐに誰の声なのか調べたり、街を歩いていて文章やキャッチコピーを見つけると声に出して読んでみたり。私だったらどう届けられるかな、といつも考えています。
確かに、ナレーションってただ文字や文章を読むだけじゃないですよね。アナウンサー、ナレーター、DJ、パーソナリティとでは声の表現の仕方が違うと思うんですけど、ナレーターとして表現する魅力って何ですか?
北村:ナレーターはリレーでいうとアンカー的役割なんです。たとえばCM だと、伝えるモノ・コトがあって、映像や音楽があって、原稿があって。最後にそれらを視聴者のみなさんへ橋渡しをするのがナレーターでしょうか。短い秒数、短い言葉の中で、いかにその世界観を伝えることができるか。毎回クライアント企業の方の気持ちに寄り添って、なりきって伝えているので気分は女優です(笑)。
いろいろな企業や商品への思い入れも深まりそうですね。
北村:そうなんです。あの商品も、この会社もという風に、携わることができたいろいろなモノや場所が増えていくのは嬉しいですね。地元への愛がより深まるし、ナレーションのお仕事のおかげで広島の知らなかったことをインプットできるのもありがたいです。私はフリーランスで、毎回ひとつひとつのお仕事を頂戴する立場なので、「あなたにお願したい」「あなたに頼んでよかった」という言葉の重さは常に感じています。
外国人と神楽団と日本の文化をつなぐ橋渡し役
北村さんは「インバウンド神楽」と呼ばれる外国人観光客向けの神楽公演で英語の司会をされていますが、神楽を見た外国人観光客の反応はどうですか?
北村:外国人は反応がストレートで、日本人よりも拍手や歓声が大きいし、日本人が盛り上がらないようなところで盛り上がったりします。一度、スタンディングオベーションを送られたときには会場が一つになったように感動的で、目頭が熱くなりました。
日本の文化、特に広島神楽を外国人に伝えるのって難しいのではないかと思うのですが。
北村:広島神楽が魅力あるコンテンツであるのは間違いないので、とにかく見ていただくのが一番だと思っています。その魅力を伝えるお手伝いを、自分の言葉でユーモアを交えながらできればいいですね。お勉強のように一方的に説明を聞かされるのは苦痛でしょ(笑)?インバウンド神楽の公演はエンターテイメントの要素もありますから。基本的には、観客と同じ目線になって、素直な気持ちで感想なども交えて伝えています。
神楽公演での北村さんの役割は大きいですね。通訳を兼ねた英語での司会者として、言葉をつなぐだけではなくて文化をつなぐ役目も担っているんですね。神楽の事は勉強されたんですか?
北村:インバウンド神楽に携わる中で、少しずつ学んでいきました。それまで年40回行っていた公演がコロナの影響で開催できず、今年は動画配信を始めたのですが、私たち運営スタッフが神楽団の地元に出向いてお社や練習場で撮影したり、ライブストリームを行ったんです。時差なんてもろともせず、配信を楽しみにしてくださる海外の皆さんから多くの反響があって、驚くと同時に心から嬉しかったですね。
北村さんは広島県地域通訳案内士の資格を取得したり、地元の観光ボランティアガイド研修に参加されたりと、地域に根差した活動もされているんですよね。
北村:広島県地域通訳案内士になりたいと思ったのは、インバウンド神楽に携わったのがきっかけなんです。外国人観光客により満足度の高い旅を楽しんでもらうために、広島県が通訳ガイドの養成を行い、私はその第一期生に合格しました。自分が住む町の歴史や地理を改めて学ぶことができて、本当に勉強になりました。
広島の企業や商品のCMナレーションをして愛が深まるというお話もありましたし、町の事を知りたいと思うのも広島愛ですね!それに通訳もボランティアガイドも声で伝えるという部分で本質はナレーターと同じなのかなと感じます。それぞれ点と点だったものが線になっていく感じでしょうか。
北村:そうですね。不思議と「つながってる」「導かれている」と感じることは多いです。ラジオDJの仕事はナレーターの仕事につながって、神楽公演に携わったことをきっかけに通訳案内士の資格も取って。将来またそれが次に生かされていったらいいな、と思います。
北村:声に携わる仕事はずっと続けていきたいです。AIに負けないように(笑)。猫が好きなので、気ままに暮らす世界中の猫たちを追った紀行番組のナレーションや、美術館の音声ガイドなどもトライしてみたいし、私にしか表現できない世界を届けたいですね。
これまで何気なく聞いていたCMや施設案内のアナウンス。ナレーターがいるからこそ私たちに届き、魅力や情報を知ることができていることに気付いて、ナレーターという存在の大きさを感じました。次にナレーションを耳にするとき、今より少し気にしてみるともっと魅力的な情報に出合うことができるかもしれません。