尾道市にある老舗旅館「西山別館」。長きにわたり地域で愛される西山別館で社長職を務める西山さんは、いろいろな方とお会いしてさまざまな情報や知識、考え方を吸収させてもらえることが、仕事のやりがいになっているそうです。社長職を務めると同時に尾道の新しい魅力を考える西山さんに、若かりし修業時代から次の世代にかける思いまでを伺いました。
旅館業の継承は厳しい板前修業から
西山:子どもの頃からずっと旅館業の中で生活をしてきましたが、意識はしていなかったですね。それでも意識し始めたのは大学3年生になって周りのみんなが就職活動を始めたくらいからです。どこかに就職して仕事をするより、自分の責任で商売する方に魅力を感じていました。
日々ご家族や従業員の方々の背中を見て成長されたからなんでしょうね。
西山:社員として西山別館に就職する前に、滋賀県にある料理店で5年間修業させてもらいました。学生時代は東京の大学に進学したのですが、家業を継ぐ上で何から覚えようかと思った時に料理の修業は後からできないことだと思ったんです。
西山:当時、西山別館でお客様にお出しする器の取引で付き合いのあった京都の器業者に紹介してもらいました。でも紹介だからといって甘やかされることは全くなくて、修業1年目が人生で一番つらかったですね。
人生で一番つらいなんてよっぽど厳しい修業だったと想像します。
西山:その場から逃げ出したいと思ったのは、その時だけです。一緒に10人くらいの新人が入ったけどすぐに半分が辞めました。体力的にも精神的にも大変でしたよ。朝早くから夜遅くまで働いていましたし、お店に隣接した寮での生活だったから朝起きてすぐ仕事って感じでしたね。
西山:調理場では多くのスタッフが働いていましたし、本当にたくさんのお客様が来店されていたのでめちゃくちゃ忙しかったんですよ。いろいろなプレッシャーでストレスが最高潮でした。
西山:確かにいい経験だったと思っています。現場では先輩をはじめ、周りからいろんなことを指示されるんです。その時の自分には完全にキャパオーバーな内容でした。絶対こんなことできる訳ないと思っていたのに、半年後にはできるようになっていました。すごいプレッシャーをかけられたから成長できたんだと思っています。本当にやる気のある若い子がいたら同じことをさせたいですね。半年で違う人間になれるよって(笑)。
西山:大学では経済・経営を勉強しました。料理の経験もなく本当にゼロからのスタートでした。でも本気で取り組めば、こんなに短期間で人間って変われるんだと思っています。指示されたことをどうやったらこなせるかを考えると段取りの重要性を実感したし、どうやったら手伝ってもらえるかなど人付き合いも重要だと思いました。
料理だけではなくコミュニケーション能力も養ったんですね。今でも厨房には立つんですか?
西山:今でも毎日厨房に立っています。生活のリズムを整える役割もあって料理をしていた方が体の調子がいいと感じています。
日々のルーティンになっているんですね。プライベートでも料理はするんですか?
西山:よくやる方だとは思いますよ。大学生の子どもたちは東京に住んでいるので、作って送ったりもするんですよ。
西山:得意料理というよりも、味に自信があります。舌の感覚と言えばいいんでしょうか、同じ味を再現する能力が高いと自負していますね。幼少期からの成長の中で鍛えられたのもあると思うし、先天的な部分もあると思います。修業中に唯一褒められたのはそこでした(笑)。
仕事のやりがいを次の世代に引き継ぐために
西山:お客様と直接対話できるところですね。フロントでのやりとり、料理を召し上がっていただくタイミング、さまざまな場面でお客様の思いや反応を感じることができます。
取材するまでは、西山さんは経営のみに携わっていて、実際にお客様と接することはないのかなと思っていました。
西山:そんなことないですよ。接客・調理など、いろいろ場に携わってお客様とコミュニケーションを取らせていただくのは楽しいですね。実は人前に出たり話をするのは、昔はとても苦手だったんですよ。でも社会人になって修業を重ねていく中で意識が大きく変わりました。いろいろな方とお会いしてさまざまな情報や知識や考え方を吸収させてもらえることが、今ではやりがいになっています。
西山:コロナ禍でいろいろなことを考える時間ができて、これからの会社のことを思ったら少し落ち込みそうになりました。でもよくよく考えると、私が好きなのは多くの方とコミュニケーションをとることなので、まだまだ可能性は無限大なんだって。
ポジティブに考えることができるようになったんですね。
西山:そうですね。今手にしている物を守るより、新しいものをつかみに行く方が楽しいんですよ。これから起こることにワクワクしたいし、今の自分なら何かできるんじゃないかってね。そんな思いを次世代に伝えていきたいと考えます。
西山:情報・知識、考え方や身に付けたもの、人とのつながりなどの本当に価値のある財産を次の世代に引き継ぐ準備を始めたいですね。私が人生で勉強をさせてもらったことをうまく伝えることによって、仕事にやりがいを感じてもらったり、効率よく早い段階でスムーズに生活できる基盤をつくってほしいですね。
新しい尾道の魅力発掘へ
尾道は観光の町というイメージをもっているんですけど実際はどうですか?
西山:観光の町でもあるんですけど、もともとは商売人の町ですね。
西山:昔から尾道は海産物の問屋とか商品製造とか古い会社がいっぱいあって、さらに造船業などの大きな会社があります。しまなみ海道ができて自転車で渡ることができるようになってから、観光に力を入れ始めたのはこの20年くらいだと思います。人や物が集まり動くところなので、商売人も多く集まりますね。
昔から海上交通の要所だったという背景があると思いますし、海産物などの海洋資源にも恵まれていたんでしょうね。聞かなかったら昔から観光の町だというイメージを持っている人は多くいると思います。
西山別館さんの宿泊建物は一部屋が一棟のような「離れ」のレイアウトなので、パーソナルな空間が確保されていて、現在の需要に合っているんじゃないですか?
西山:そのように感じていただいているお客様は多くいらっしゃいます。そういった需要をうまく捉えていきたいですね。でも現在の尾道には「尾道といったら絶対これ!」というような魅力が不足していると思っています。例えば同じ広島県内でも、宮島と比べてインパクトが弱いような。そのあたりを考えて、尾道のような町が好みの方を見つけるとか、リピーターになる方をつくるみたいな活動をしないといけないですね。
新たな尾道の魅力を発信していけば、尾道はもっと盛り上がる可能性がありますね。
西山:これから多くの方に知って欲しいのは、尾道は茶道がとても盛んだったことです。尾道には多くのお寺がありますが、そこにはとてもいい茶室がいっぱいあるんです。公開していないところも多いのですけどね。昔商売で財を成した方々が茶文化に多くのお金を使っていたんです。そういった文化的要素を生かした活動をしたいですね。西山別館にもお茶室や多くの茶道具がありますし。
西山:西山別館が普通に事業をすれば料理と特徴のある客室だけですけど、そこに茶文化を融合できればもっと魅力的な場所になれると思っています。
それを次の一手として考えられているんですね。「お茶・茶道の町」という肩書が追加されれば、ますます魅力的な尾道になりますね。
西山:私自身お茶会の集まりによく参加しているんですよ。
茶道は、堅苦しい…敷居が高い…マナーが厳しい…などのイメージを持っています。西山さん自らお茶をたてるんですか?
西山:いえいえ、飲む専門です(笑)。仲間内で集まって、わいわいガヤガヤお茶を楽しむんですよ。気軽にお茶を楽しむ感じです。その面白さを、カジュアルやオシャレなイメージの遊びの一つとして若い世代に伝えていきたいなと思います。そういった活動を通じて、尾道の古くからのステキな文化を知っている世代と、これからの尾道を盛り上げていく若い世代とが連携して新しい何かを生み出したいですね。
今回の取材で驚いたことの一つに、フジテレビアナウンサー西山喜久恵さんは西山別館がご実家で、西山社長の妹さんにあたるということです。そんな有名人を輩出した西山別館は昭和17年に西山社長の曾祖母が開業をして、長きにわたり尾道の町の変化を見守ってきました。西山社長が考える尾道の新たな魅力を、新旧世代が融合することによって生み出される「新しい何か」で表現される日が楽しみです。