CLiP HIROSHIMAの近所、広島市中区竹屋町に店をかまえ、編集部のランチデリバリーでも大変お世話になっている『お好みハウス赤とんぼ』。いつもはデリバリーのみの利用だったのですが、一度お店に伺ったときに感じた「普通のお好み焼き屋とは何かが違う!?」感覚…。その特別感の秘密を尋ねます。
もともとなりたかった職業は…
赤とんぼはマスターで三代目だと伺っていますが、初代がカフェ、二代目が大衆食堂で、マスターの代になってお好み焼き屋になったんですね?
福田:ここに写真があるんですよ。これがじいちゃんでカフェだったころ。これが大衆食堂、こんなビルだったんです。
もしかして小さいころからお父様のお店に立たれていたのですか?
福田:記憶はありますね。大衆食堂の手伝いとか。この辺りは工場がたくさんあったから、弁当を詰めるのを手伝ったり、食堂内でお客さんにお茶を出したり、子どもながらにしていました。
その頃から料理人人生がちょっとずつ始まったんですね。
福田:社会人のスタートは広島の某有名洋菓子店で勤めました。実は幼少期からパティシエになりたかったんですよ。子どもの頃、その某有名洋菓子店ではケーキづくりの場所がガラス張りになっていて外から見えていたんです。一緒に見ていた双子の兄貴と「いずれケーキをつくりたいね。ケーキ屋やりたいね」って言いながら眺めていましたよ。大学を卒業して兄弟二人とも同じ会社に入社しました。
兄弟で同じ職業・会社ってよほどパティシエに憧れを抱いていたのですね。
福田:でも製造現場ではなく販売スタッフだったので、残念ながら退社しました。
もしかしたら赤とんぼはケーキ屋になっていたかもしれませんね。
赤とんぼの始まりは攻めの姿勢
福田:洋菓子店を退社後に大阪でとても美味しいお好み焼きに出合ったんです。こんなに関西風お好み焼きが美味しいと思ったことはなかった。これを広島に持って帰ったら絶対うけるぞって確信しました。35年前に大阪から広島に帰ってきて始めた赤とんぼは、関西風お好み焼きのお店でした。
福田:メニューの中で広島風は少ししか無かったのに、結局注文の9割が広島風だった。今思えばちょっと変わったメニューをやり過ぎたかも。ピザ風だったりカントリー風、あんかけの中華風とか、いろいろアレンジし過ぎたかなって。
むしろ今だったらウケるんじゃないんですか?ちょっと時代が早すぎましたね。
福田:コーンとクリームソースをかけたりとか、ソースを変えて洋風にしたりとか。結局ウケなくて広島風になって、気が付いたら2年目くらいにはほとんど広島風になってたね(笑)。
広島風が当たり前の土地で35年前に関西風を打ち出してやるって結構なチャレンジですね。
福田:怖いもの知らずだったんでしょうね。その頃は広島大学が近くにあったから、メインのお客さんは大学生でした。ほとんどの注文がそば肉玉トリプルとかボリュームのある内容で、飲み物は手で開ける瓶のバドワイザー。当時、手で開けるビールはほとんど流通していなかったから、カッコイイって思ってわざわざ岩国基地の辺りへ仕入れに行ったよ。昔千田町には学生寮やアパートがいっぱいあったから、夜中までお店には多くの学生がいたね。一日200枚くらいは毎日焼いていた。今だと信じられないよね。
赤とんぼでは過去にいろいろなイベントをしているみたいですけど、催し物はマスターが企画されるのですか?
福田:自分が話を聞いて素敵だった方の講演会をやろうって企画してやったことはあるよ。ライブイベントもやったね。広島の紹介をするテレビ番組でもいろいろな芸能人が来てくれたりもした。仲間内の大人たちの誕生日会をしようってのもしてみたり。駐車場でお餅つきをやったりね。
世界中の人に愛されるお店になれたのは、ローカルな体験から
福田:過去に赤とんぼに来てくれたお客さんたちだね。
何がきっかけで外国人の方が来るようになったんですか?
福田:シェアサイクルを置き始めたら外国人が多く使っている事が分かって、外国人向けに何か体験が出来るようにしたら面白いかもって話になって、お好み焼きづくり体験をすることになったんです。
ローカルな体験を求めてくる人が最近は多いみたいですね。旅行先の地元のお店で体験出来るのがいいんでしょうね。
外国人の人向けにお好み焼き体験以外には何かされてきたんですか?
福田:折り鶴とかかな。海外には折り紙の文化がないからめちゃくちゃ喜んでくれるので、お好み焼き体験にプラスしています。あと、お土産で手ぬぐいや扇子などをプレゼントするとさらに喜んでもらえます。
マスターの中で最も印象的な方はどんな方だったんですか?
福田:一番印象に残っているのは、オランダの学校の先生で、最初に来た方が帰国した3ヵ月後くらいにまたオランダから別のお客さんが来たんですよ。最初に来た方に聞いて、広島に行ったらここへお好み焼き食べに行ってくださいって言われて来たそうなんです。お土産にオランダのワッフルのお菓子を持ってきてくれたんですよ。オランダで口コミになるって面白いよね。同じ学校の先生だって。
最近は口コミもワールドワイドになってきていますね。
福田:外国人旅行者向けのゲストハウスにもチラシを置かせてもらっていたんですけど、体験に来た外国人にSNSで話題になっていることをスマホで見せてもらって知りました。
クラウドファンディングの返礼品で生かされる、マスターの特技とは!?
コロナ禍の影響でクラウドファンディングを始めたのをFacebookでみました。返礼品の中で、金額の一番大きなところでは返礼品がマスターによる似顔絵作成というのがあったのですが、なんで似顔絵を始めたんですか?もしかして大学は美術系ですか?
福田:大好きなだけです。我流ですね。家族みんなの似顔絵入りの年賀状をつくってます。
福田:亡くなった両親が言うには、子どもの頃から両親のお店に来たお客さんの顔をみて描いていたみたいです。
クラウドファンディングはもちろん、店内の壁や飾られた絵も賑やかにお客様を迎えてくれるようでいいですね。
初めてのお好み焼きづくりにチャレンジ!!
外国人観光客をも虜にする、お好み焼きづくり体験を編集部も実際に体験させて頂きました。 食べ慣れている広島風お好み焼きですが、つくるのは初挑戦です。
お好み焼きづくりは、外国人観光客だけではなく、もちろん日本人観光客の方・広島の方でも出来ます。
人生で一度はプロの厨房での体験を強くお勧めします。
この笑顔を再び、見るまでは
福田:赤とんぼはお客様が楽しんでくれたり笑顔になって帰ってくれるのが元々のコンセプト。壁にも書いてあるけど「笑顔の集まるお店」というのが開店当初から目指しているお店の姿です。大学生が多く来ていた当時はここでわいわいがやがやしながら、情報交換だったり、出会いがあったり、交差点みたいな感じがいいよねって思ってやっていたんですよね。
福田:そうそう、お好み焼きでもケーキでもなんでもよかったのかもしれないね。来たお客様が笑顔になってから帰ることを大切にしている。むしろ絶対に笑わせてやるってね。
過去の写真を見ると結婚式の二次会もしているんですね。
福田:そうです、大きなお好み焼きをつくってケーキ入刀の代わりにして、ヘラで食べさせあいました。
これからの36年目はどんな感じにしていきたいですか?
福田:今はコロナ禍ですけど、更にインバウンド向けの活動に力を入れたいって思いがある。ここで飲食された外国人の方がホテルに帰るのではなくて、ちょっと泊まってもらえるようなゲストハウスの構想のね。この建物の2階を泊まれるように改装したい。
マスターがこれから地域を盛り上げるために、行いたい活動の計画などはありますか?
福田:実はこんなのやってみたいって思いがあるんですよ。
福田:クリスマスマーケット。ドイツとかでやっている様な、ホットワイン・食べ物・会場の中心に大きなクリスマスツリー。きらきらした会場内で買い物が出来る様なイベントをしたいと思っています。
だったらCLiP HIROSHIMAの敷地でやってみるとか?
福田:おー、丁度いい所にCLiP HIROSHIMAがあった(笑)。
今後のCLiP HIROSHIMAのイベントで一緒に行いたいですね。地域を盛り上げるという想いで賛同してくれるところもきっと多くありそうですね。
福田:今後も人に喜んでもらえることを提供し続けられたらいいなって思っています。
もう一度外国人観光客の笑顔が見たいとの想いで壁に描かれた「この笑顔を再び、見るまでは」。
しかしながらコロナ禍でも笑顔が絶えないお店『お好みハウス赤とんぼ』はお好み焼きの美味しさだけではない、
心もお腹もいっぱいになる温かいお店です。 福田さんご夫妻の願いが叶う日はそう遠くないと感じました。