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八丁座 蔵本健太郎さん|「街なか映画館の灯を消さない」。これからの映画館の姿を見つめて

広島市内中心部に2010年オープンした映画館『八丁座』。芝居小屋をイメージした空間や独自の作品セレクトで、広島はもちろん全国の映画ファンや関係者からも注目を集めています。支配人である蔵本健太郎さんに自身と映画のつながり、八丁座開館時の想いや取り組み、これからの映画館の在り方について話をお聞きしました。

映画館が自分の居場所だった

蔵本さんが映画館で働き始めたのはどんなきっかけからですか?
蔵本:家業が映画館で母親が館主をやっていたこともあり、昔から映画が身近にある暮らしをしていました。だけどそれは親がやっていることで自分は自分の道をと思い、東京で仕事していた時期があったんです。
蔵本さんの祖父が始めた、1955年の『タカノ橋東映』。鷹野橋サロンシネマの前身にあたる映画館。
最初から映画の道ではなかったんですね。
蔵本:そうですね。単純に表現者に憧れて、仕事の合間に「自分でも何かできるかも」「自分の中にもそういう才能があるかも」と。カメラが好きだったので、『東京日和』でアラーキーがモデルになっている写真家を演じた竹中直人さんをマネしてカメラを持ち歩いてみたりしていたけど、自分はそういうことには向いていないと気付くわけです。
東京の街だけではなく旅先へもカメラを持って行っていた、当時の蔵本さん。
その間、映画からは離れていたんですか?
蔵本:引き続き映画は観ていたので映画館には行くんだけど、思った以上に人との出会いも広がらず、思い描いていたサクセスストーリーとも全然違っていて。それですごく孤独を感じてしまいまして。
現実に直面してしまった、というような…。
蔵本:これからどうしようかなと悩んでいたときに、救ってくれたのが映画だったんですよね。例えば『男はつらいよ』の寅さんだってダメダメなところがあったりするけどそれも人の魅力だし、いろいろな作品を観ていると、自分はまだ大丈夫かもしれないと思える。映画はダメな自分を受け入れてくれるし、弱い者の味方なんだと感じました。
弱っているときに支えてくれた映画の存在は大きいですね。
蔵本:はい、そうしたことを痛感していた頃に映画館へよく通っていたので、結局ここが自分の居場所だと分かったんですよ。それで「母ちゃん、広島に帰るわ」ということになりました(笑)。
じゃあ、それからはすぐ広島で働き始めたんですか?
蔵本:広島へ帰ってくる前に3か月くらいバックパッカーをしました。ヨーロッパの方まで行こうと思っていたけど、チョモランマを途中まで登ってひと息した頃に姉妹館(シネツイン2)をつくる話があったので、2004年に帰ってきました。それから変に日焼けをした僕がカチッとした格好で劇場に来るお客さまをお迎えして、毎日毎日映画を観て、気が付いたら今ですね。
バックパッカーで世界を回っていた頃の蔵本さん。
蔵本さんにとって、映画はもう切っても切り離せないものですね。
蔵本:悩んだら映画を観ろと昔から親に言われてはいましたけど、結果的に昔も今も変わらず映画からいろいろなことを学んでいます。
シート席のほかに畳席なども設置された『八丁座 壱』。

映画のセレクトショップを目指して

八丁座は2020年で開館10周年ですが、開館の経緯はどのような形だったんですか?
蔵本:当時シネコンさんが郊外にたくさんでき始めて、街なかの映画館がどんどん閉館していました。この八丁座がある場所も以前は松竹系のロードショーを、今サロンシネマがある場所は東映系のロードショーをしていた劇場で、何年も空いたままになっていましたよね。
はい、そのままの状態になっていましたね。
蔵本:その頃私たちは市内中心部で数館劇場を持っていましたが、広島人としての使命感のような想いで再生復活しないといけないと思ったんです。「街なかから映画館の灯を消さない」という、本当に強い気持ちでした。それでまずは八丁座から手掛けたんですけど、配給会社の方からは街なかの映画館は終わったからやめた方がいいと言われたりして。
え! そうだったんですか…、それはなかなか厳しい言葉ですね。
蔵本:全国的にも郊外のショッピングモールに映画館が入るというスタイルが定着していましたからね。でもそんなことはないという確信があったんです。街なかに文化や芸術、娯楽のようなものがないといけないという想いは、映画館として、会社として、社長をはじめそれ以前からずっと持ってきた考えだったので、僕自身も不安よりはワクワク感の方が強かったですね。
私自身、開館後に初めてこの空間に入ったとき、驚きました。それまでの人生でこんな映画館行ったことないなと思って。
蔵本:「日本のどこにもない映画館を」という想いでつくったんですよ。劇場内には緞帳や提灯、座敷があったりして、芝居小屋のようなイメージです。館内にも扉絵や襖絵など和の要素が入っています。自分たちがまず映画ファンなので、お金はないのに夢だけたくさん持って(笑)、こういう劇場があったらいいなというものをカタチにしました。
取材前、蔵本さんに館内を案内してもらいました。「館内の装飾は、アカデミー賞で美術賞を受賞されている広島出身の部谷京子さんが手掛けてくださったんですよ」と蔵本さん。
「一つひとつのシートがすごく広くて、これはリラックスして映画を観れますね…!」。ゆったりとした座席に思わずくつろいでしまう編集部の3人。
広島の家具メーカー、マルニ木工が初めて手掛けた劇場用シートは、もちろん八丁座オリジナル。
緞帳や提灯など和の要素が芝居小屋のような雰囲気をつくり出している。
本当に、ほかじゃマネできない映画館だと思います。
蔵本:地元の人間がやっていますし、そういう心意気とかハートがこもった、広島の観光名所の一つになるくらいの映画館になったらいいなと思っています。
上映作品はいつもどのように決めているんですか?
蔵本:まずは自分たちが観て、これは絶対に皆さんに観ていただきたいと感じた作品を上映しています。なのでスタッフは毎晩のように試写をして、年間300本以上は確実に観ていますね。
それはすごい…!
蔵本:ちょっとカッコよく言ったら、映画のセレクトショップのような気持ちで上映作品を決めているんですよ。
映画ファンのスタッフさんがセレクトしている作品だから、八丁座では絶対面白いものが観れるなっていう感覚がありますね。
蔵本:そう言っていただけるとうれしいですね。ミニシアターというとハードルが高い印象があったり、実際に鷹野橋サロンシネマの時代は単館系の作品が多かったですが、八丁座ではメジャー作品も単館系もやっています。面白い映画を街なかで楽しんでいただくことが、街の活性化につながればと思っています。
各上映の前には、蔵本さんをはじめスタッフが必ず緞帳前に出て作品や作品にまつわるエピソードを紹介する。これも自分たちで作品を鑑賞し、その中から自信を持ってセレクトしているからこそ。

映画館だからこそ成り立つもの

2020年はコロナ禍もあり、八丁座さんでもその影響がありましたよね。
蔵本:外出自粛期間中は一カ月半ほど休館していたので、毎日のようにスクリーンで映画を観ていた僕らもここで観ることができなくなってしまいました。その間はNetflixとかで観ていたのですが、家だと他のことをしてしまったりして、映画1本を丸々観るための時間を確保するのが意外と難しいなと思ったんですよ。
家だとすぐ一時停止したりして、集中して映画を観にくいことがありますよね。
蔵本:そうなんです。だからこそ、時間を割いて映画館に来てくださるお客さまに対しての感謝の気持ちを感じたし、同時に映画館の強力なライバルは配信だということも改めて実感しましたね。
コロナ禍で動画配信の需要がグンと高まったのは明らかで、私の周りでも配信で楽しむ人が一気に増えました。
蔵本:例えばNetflixだと配信用で映画をつくっていますけど、そのクオリティーが本当に高くて。ただ良い作品があれば後から追ってでもいいので八丁座で上映したいと思っていて、実際に過去にはそうした作品も上映して多くのお客さんが来られました。スクリーンで観たいという方もまだまだ多いんだなということも分かりましたね。
ロビーも和テイストの空間に。カフェも併設しており、上映前後にゆっくりとくつろぐこともできる。
音響とか映像の迫力とか、劇場だからこそ体感できるものがやっぱりありますもんね。
蔵本:『ようこそ映画音響の世界へ』というドキュメンタリー作品があって、その中では映画館で上映するために音響の設定をどれだけ緻密にしているかということが描かれています。それに以前、『浅田家!』で音楽を担当された広島出身の渡邊崇さんとリモートで舞台挨拶をやったんですよ。
舞台挨拶もリモートでする時代ですか…!
蔵本:そうなんです。そこで渡邊さんは「映画館で楽しむ音楽は迫力あるもののイメージがあるかもしれないけど、繊細な表現を感じられる世界でもあって、そこも考慮して作曲している。でも画面だとそれがまた変わってくるので、やっぱり映画館で観てほしいんだよ」と言われていて。なんて良いことを言ってくださるんだ…!と思ったんですけど(笑)。
本当に(笑)、心に響きますね。
蔵本:配信には配信の良さがもちろんあるんだけど、やっぱり映画館が映画を観るベストポジションだと僕も感じています。だから外出自粛期間が明けて上映を再開できたときは本当にうれしかったですし、なんとかこれからも良い作品をお客さんに届けていきたいと思いました。

映画は生き物

コロナ禍で映画館を取り巻く環境は変わりましたが、今後どのように八丁座という映画館から作品を届けていきたいですか?
蔵本:新しい世界の映画館の形についてはまだまだ模索しているところですが、安全で安心に映画を楽しんでいただける環境をつくっていくことを大前提に、街なか映画館の灯を消さないという想いは引き続き変わらずあります。
先ほど言われていたリモート舞台挨拶も今だからこその形だし、八丁座さんでは未来チケットのような新しい映画回数券も登場したりして、映画を純粋に楽しめる環境があることはうれしいですね。
蔵本:この場所自体、芝居小屋に始まって100年以上の歴史があるし、戦後もすぐ映画館は再開していたそうです。街の歴史を考えても、広島には復興のDNAや新しい環境を生み出すパワーみたいなものがあると思っています。どんなときでも映画は一般大衆のもので、みんなが観て元気をもらえるものなので、劇場としてもそんな映画をこれからも届けていきたいですね。
蔵本:これまでずっと映画を観てきましたけど、映画を観ればだいたいのことが分かります。今の映画を観ると今の時代のことが分かるし、よく映画は時代の写し鏡だと言われますよね。
最近だと割と社会的なテーマを扱っている作品が注目を浴びたりしている印象もありますね。
蔵本:そうですね。もちろん名作と呼ばれる作品も、観る時々で違う発見があるから面白い。そういう視点では、映画は生き物だなと思います。コロナ以降の世界でも配信のボリュームが増えたとしても、八丁座で上映する作品の軸は変わらないし、広島の皆さんにここに来れば間違いないと感じていただける劇場であり続けたいと思っています。

「昔は『トレインスポッティング』が好きで影響を受けて丸刈りにしたこともあったけど、やっぱりユアン・マクレガーと同じようにはならないんですよ…(笑)。ほかの映画にもめちゃくちゃ影響を受けてきましたが、それでいいんだと思っています」と笑顔の蔵本さん。映画、そして映画館とともにある人生の一部を、取材を通して私たちも共有させてもらいました。映画館で観るからこそ記憶に刻まれる作品のメッセージ、皆さんもぜひ八丁座で受け取ってほしいと思います。

八丁座 支配人

蔵本 健太郎さん

『サロンシネマ』『シネツイン』など姉妹館での勤務を経て、2010年に開館した『八丁座』の支配人に。劇場の空間や上映作品などほかにはない映画館づくりに努め、街なかから映画文化を発信し続けている。

八丁座

広島市中区胡町6-26 福屋八丁堀本店8F

TEL.082-546-1158

OPEN.9:30~21:30

定休.不定休

アクセス
広島CLiP新聞編集部(CLiP HIROSHIMA)から車で約10分