G7広島サミットの開催で我が街・広島について考える機会が増えている今、注目を高めているのが「宮島焼(宮島御砂焼)」です。大正元年創業の窯元『対厳堂』三代目・山根興哉さんに、宮島焼に込められた思いを尋ねました。誇るべきご当地の焼き物について、改めて知る機会に。
江戸時代の「お砂返し」の風習が宮島焼のルーツ
山根:宮島焼は、地元・広島の土を使ってつくる陶器です。その土に嚴島神社本殿下のお砂を混ぜて焼くことが一番の特徴になります。ほかの産地でも基本的にはそれぞれ地元の土を使っていますが、宮島焼のようにお砂を混ぜるというのは珍しいと思います。
嚴島神社のお砂というと、なんだか縁起が良さそうですね。
山根:江戸時代に、旅人が神社のお砂をお守りとして持っていき、無事旅から帰ってくると旅先のお砂と合わせてお礼として神社にお返しする「お砂返し」の風習がありました。そのお砂を混ぜた土で嚴島神社の祭器をつくったことが宮島焼の始まりなんですよ。お砂返しの風習や神域のお砂でつくるというところから、宮島焼は縁起物としても有名です。
より多彩な表情を見せる宮島焼
宮島焼というと素朴な色合いのイメージでしたが、青とかカラフルなものもあるのが意外でした。
山根:もみじの葉を実際に一枚ずつ貼り付けてつくる宮島焼は素朴な色合いをしていますが、もう少しバリエーションを楽しめるようにブルーやピンクの色をかけて焼いたものもお届けしています。
山根:さらに対厳堂では、現代のライフスタイルの中で気軽に楽しんでいただけるよう、遊び心のあるカジュアルなラインもつくっています。
最近だと、ローマ教皇やゼレンスキー大統領への贈答として、対厳堂さんのアイテムが届けられたと聞きました。
山根:そうなんです。平和を願って岸田首相から贈られたものになります。今回贈られた香炉やランプは、折鶴のお焚き上げの灰を釉薬にしてつくったものです。嚴島神社のお砂と折鶴から調合した釉薬で平和への願いを込めてつくっているものなので、今回こうした機会をいただいて感謝しています。
伝統の継承と時代に合わせた変化
セカンドラインやランプ、香炉といった新しいモノづくりもされていらっしゃいますが、三代目が制作されるうえで大切にしているのはどんなことですか?
山根:宮島焼は江戸時代から歴史が始まり、途中で途絶えた時期もありながら、明治時代に現在へとつながる基盤ができて今に至ります。お砂返しという感謝の気持ちから始まっている焼き物なので、私自身もその思いを大切に日々制作しています。感謝の思いとともに、使いやすく、皆さんに喜ばれるものをつくりたいですね。
器は日常づかいするものだし、暮らしに寄り添うことがやっぱり大切ですね。
山根:先代や先々代から受け継ぐものもありますが、やっぱり時代に合ったものであることが大切だと考えています。例えば、初代がつくった器を100年後の私が今まったく同じようにつくっても、使いやすいかと言われるとそうではないと思うんですよ。
確かに、人の生活様式も100年前とは確実に変わっていると考えると、同じ焼き物では使いにくい面もありそうです。
山根:宮島焼としての技法や思いなどの伝統は守りながら、時代に合わせて変化していく。そうしていかないと、伝統工芸自体は続いていかないと思っています。受け継いできた伝統にそれぞれの代が自分なりの表現をプラスして形にし、それをまた次の代が続けて表現を代々積み重ねていけるよう、これからも頑張っていきたいです。
伝統技法を今に伝えることはもちろん、お礼や感謝の気持ちが込められた縁起物として長く親しまれてきた宮島焼。ほかの焼き物にはない、宮島焼ならではのルーツに思いを重ねて、大切な人への贈り物にご当地の焼き物を選んでみるのはいかがでしょうか。