千田パンフルート合唱隊代表の島本裕充さん。歌とパンフルートの演奏を通して平和への思いを発信する合唱隊として、さまざまなイベントに参加しています。代表であり指揮者でもある島本さんに合唱隊への思いを尋ねました。
担任からの言葉がきっかけで教員の道へ
島本さんは小学校の教員になり、各学校で吹奏楽部の指導をされていたとお聞きしたのですが、教員になろうと思ったきっかけは何だったのですか?
島本:浪人時代、当時通っていた予備校の担任から「子どもたちが行うキャンプの手伝いをしないか」と誘われてボランティアで参加したとき、子どもたちと接する私の姿を見た担任から「教員を目指したら良いよ」と言われたのがきっかけだったんです。
担任の先生から勧められたのですね。音楽の経験はあったのですか?
島本:小学生のときから電子オルガンをやっていました。妹のレッスンに付き添ったのがきっかけで私も始めたんです。音楽が好きだったので学生時代もギターを弾いたりしていました。
島本:そうなんです。専攻科目で音楽を選びました。教員採用試験のとき、面接で「管楽器は指導できますか?」と聞かれたので、「やったことはないけど勉強してがんばります」と答えたんです(笑)。それから吹奏楽のある小学校に配属され顧問を始めました。
島本流!指導するよりも気づかせる
千田パンフルート合唱隊になる前の千田小学校合唱隊は、島本さんが立ち上げたのですか?
島本:そうです。2011年に地域に根差した音楽活動を目的に始めました。千田小学校は被爆した学校なので千田から平和を発信するような歌声を届ける合唱団として、千田小学校合唱隊をつくりました。
前の学校までは吹奏楽をされていて、なぜ千田小学校では吹奏楽ではなく合唱隊を始めたのですか?
島本:引き続き吹奏楽をやっても良かったのですが、音楽の授業で子どもたちがとても良い声で歌うのを聞いて、「素直な歌声を残したい」と思い合唱隊をやろうと決めました。
子どもたちの歌声が合唱隊をつくるきっかけになったのですね。練習ではどのような指導をしているのですか?
島本:子どもたちの良いところを見つけて伸ばしていくことが私の仕事だと思っていて、指導するのではなく“気づかせる”というのが私のやり方なんです。今の合唱隊の子どもたちも「こうすればもっと良くなる」というのはあるけど、直接の指導はせず軽く背中を押す程度のアドバイスにとどめて、気づくのを待つんです。
指導する方が早いと思ってしまうのですが、あえて待つのですね。
島本:私自身が今まで周りの方から助言などをもらって気づかせてもらい変わることができました。自らを変えるには自発的に行動する必要があるため、子どもたちにも気づいてもらえるようなアドバイスをすることを心掛けています。
被爆樹木『カイヅカイブキ』は生まれ変わる
なぜ合唱隊に途中からパンフルートを取り入れたのですか?
島本:当時千田小学校内には被爆樹木『カイヅカイブキ』があったのですが、被爆69年目の年、猛暑で枯れてしまい、倒木の恐れがあったんです。伐採することになったのですが、このまま処分するのは惜しいと多くの方からの声をいただきました。いろいろな方から、「後世に平和を伝えるものとしてなにか利用できないか」という意見があり、そのうちの一つに「パンフルートにしてはどうか」と提案があって、パンフルートが作られました。
島本:当時、千田小学校の校長から「パンフルートは音楽の授業ではすぐ使えないだろうから、合唱隊で使ってみてくれないか」と相談を受けたんです。そこで、合唱隊でいつも歌っている『アオギリの歌』に取り入れることを思いつきました。
島本:広島のパンフルート製作者の方にお願いをして、1本の木から107台のパンフルートが作られました。2020年には、被爆樹木からパンフルートに生まれ変わった話を題材にした絵本『パンフルートになった木』も出版され、とてもうれしかったですね。
平和のメッセージを発信する合唱隊へ
千田パンフルート合唱隊へと名前が変わりましたが、いつから変わったのですか?
島本:2020年に「千田小学校合唱隊」から「千田パンフルート合唱隊」に名前を変えました。子どもたちが中学生になり縁が切れてはいけないと思い、名前を変えることによって千田小学校の児童以外でも参加できるようにしたんです。
続けたいと思う子どもたちにとってはうれしいですね。
島本:千田パンフルート合唱隊になって現在は市民が広く参加できる団体として活動しています。最初7名から始まって徐々にメンバーが増えていき、今では中学生や高校生、大人の方も含め全員で27名在籍しているんですよ。
大人の方もいるとは知らなかったです。これまでどのような活動をしてきたのですか?
島本:地域のイベントや平和をテーマにした野外コンサートに毎年参加していました。パンフルートを取り入れてからは、さまざまな国際イベントの場でパンフルートと平和を伝えるメッセージを中心とした演奏が多くなりましたね。
なぜ歌とパンフルートだけではなく、メッセージも入れるようにしたのですか?
島本:8月6日に広島市教育委員会が主催する『ひろしま子ども平和の集い』があるんです。演劇や詩の朗読、放送劇が中心で平和に関するメッセージを子どもたちから発信するのですが、初めての音楽合唱隊ということで応募して、歌だけではなく「なぜ私たちはこの活動をしているのか」を語りたいと思ったんです。学校で平和学習もしていたので、子どもたちみんなの思いをつなぎ合わせて今のメッセージの形ができました。
自分の思いをもっと積極的に
2021年で合唱隊の活動をされて10年になりますが、これまで大変だったことはありますか?
島本:自分では大変だったと感じることはなかったですね。子どもたちの歌声は自分の気持ちを素直に出す歌い方なんです。それを聞いていると安心しますし、もともとコンクールなどに出場するためだけの合唱隊ではなく、何か自分たちでできることをやろうという姿勢なので。手を抜くことはせず、かといって無理も背伸びもしないので全く大変なことはないですね。
島本さんは、好きな音楽を子どもたちと楽しんでいるという感じですね。
島本:ストレートに音楽で自分の気持ちを表現したほうが良いと思うし、音楽で平和を伝えることができれば素晴らしいですよね。歌を通して平和を思う気持ちを養ってほしいです。
コンサートやイベントなどいろいろな場で演奏をされていますが、島本さんが企画をしているのですか?
島本:自分たちから積極的に呼びかけたり申し込んでいるのではなく、声をかけていただけるんです。広島市が、2021年11月を国際平和文化都市広島の平和文化月間にするとのことで、これからさまざまな場で演奏があるんです。
島本:平和文化月間という初めて広島市が取り組むことに関わることができるというのは、合唱隊の代表としてうれしいことです。子どもたちにとっても初めての試みに参加できることは、何か心に残るのではないかと思います。
子どもたちも良い経験ができますね。合唱隊の代表として、子どもたちに伝えたいことはどんなことですか?
島本:歌い方や声などに決まりはないので、みんなに合わせるのではなく音楽のなかで自分の思いをもっと積極的に出すよう伝えたいですね。一番大事なのは、歌とパンフルートの演奏を通して平和に対する自分の気持ちや思いを伝えることなんです。
島本:教育の現場にいて感じるのは、子どもたちが自己表現をする場が少なくなっていることです。現在コロナ禍で授業もオンラインになり集団で活動することが難しくなっているので、自分が「どう思っているのか」や「どう感じているのか」などもっと平和に対しての思いを発信してほしいと思うんです。
島本:合唱隊メンバーをセルビアとルーマニアに連れていくことですね。「欧州文化首都」という欧州連合(EU)で最もよく知られた文化事業があり、音楽だけではなく積極的に世界各国と芸術文化交流をする開催都市に選ばれているんです。現在、コロナ禍で難しいのですが2021~2023年に交流をする企画があり、日欧の子どもたちがグローバルにつながる機会に立ち合いたいですね。
島本:子どもたちと一緒に、ヨーロッパの音楽を体感できたらどんなに素晴らしいだろうかと思います。音楽だけではなく風習や生活、空気など欧州の文化を直接メンバーが肌で感じて体験することで、きっと子どもたちが大人になったとき何かの支えになるはずです。それを実現させることが現在私の一番の大きな目標であり使命とも考えています。
子どもたちの素直な歌声を聞いて合唱隊をつくった島本さん。小学生の間だけではなく、いつまでも続けられるようにと「千田パンフルート合唱隊」に名前を変え、子どもたちとのつながりを大切にされています。島本さんと合唱隊の子どもたちの間には、先生と生徒ではなく“家族”のような雰囲気があります。これからも合唱隊の活動が楽しみです。