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呼吸を描く|素描家shunshun(しゅんしゅん)

一本の線からさまざまな世界を生み出す素描家shunshunさん。建物や街、自然、光など、私たちの身の回りにあふれているものがshunshunさんによって描かれると、一つ一つの輝きが浮かび上がってきます。shunshunさんの絵の生み出し方やこれからの思いなどをお聞きしました。

絵との出合いは一つの失敗から

絵を描き始めたきっかけを教えてください。
shunshun:絵を描くことは幼い頃から好きで、ドラゴンボールやガンダムなどのイラストをよく模写していました。ただ父が大工だったので何かを創り出したいという思いが漠然とあり大学は建築の道に進みました。そして学生の時に経験した大きな失敗が描くエネルギーの生まれたきっかけとなっています。
その失敗というのは?
shunshun:パリのベルヴィル建築大学に短期留学へ行く途中のスイス一人旅の3日目にフィルムカメラを無くしてしまってものすごく落ち込みました。でもその時に憧れの建築家ル・コルビュジェも旅先でスケッチをしていたと思い出したんです。そこからはひたすらスケッチをするようになり、絵を描く楽しさが深まっていきました。
話を伺いながらもさらさらっと描かれる手に目を奪われます。
描かねば!という気持ちになったのですね。
shunshun:そうですね。喪失感から絵を描くエネルギーが湧いてきました。それが習慣となって、建築の仕事を始めてからも、忙しい仕事の合間に何とか一日休みをとって、好きなお店でスケッチする日々を過ごしていました。
絵を仕事にしようと思ったきっかけは何だったのですか。
shunshun:三軒茶屋の「tocoro cafe」さんでの個展がきっかけです。その時はキャンプで見た富士山の絵を描いて展示していたんです。雄大な富士山を見て生きる勇気をもらったのでそんな気持ちが伝わったらいいなと思っていたら、その絵を見たお客様の顔がぱぁと明るくなったんですよね。絵の対象物から僕はエネルギーをもらって描いていて、それがお客様にも伝わって、また僕のエネルギーになるという循環を感じたんです。
当時の富士山の絵をもとにしたポストカード
tocoro cafeは現在「十五六」焼き菓子店として東京都日野市で活動中

線と波と呼吸

絵はどのように生み出されるのですか。
shunshun:たとえば作成依頼があった時はクライアントと一緒にその場所を見に行って、そこから自分が感じること、クライアントの思い、周りの風景からビジョンが見えてきて、熟成させながら描く感じですね。現地で感じたものは半透明で、紙に描きながらあぶりだしていくという…。
なるほど。いわゆる産みの苦しみはありますか。
shunshun:大きい絵になればなるほどエネルギーをためないと描けないですね。近くの山に登ったり、海を見たり、自然の中は空気も音も違うので、緑や波動を感じるだけでリフレッシュして元気になります。
アトリエから見える山もお気に入りだそうです。
shunshun:特に瀬戸内海を見ていると落ち着きますね。線を引く時にゆっくり深呼吸しながら引いていくのですが、線と線の間にも呼吸があって、完成した物を見ると瀬戸内海の波の揺らぎに似ていたんです。
shunshun:さらに線を見ていくと、自分は波動を記録しているんだなと感じました。音の波動を刻んでできるレコードの溝のように、自分が描く線もその波動とよく似ていて。自分がやっていることもレコーディングなんだなって気が付きました。
齋藤圭吾著「針と溝」

描くということ

ペンや紙にもこだわりはありますか。
shunshun:ペンは学生時代から20年間変わらずユニボールシグノ一択です。すごく描き心地がいいんですよね。紙は絵を仕事にしようと決めた時に試し描きで気に入ったフランス製の銅版画用紙ベラン・アルシュを使っています。
使い終わったペンはお気に入りの引き出しへ。
色へのこだわりもありますか。
shunshun:元々は黒で描いていたのですが、すごくお世話になった西荻窪のギャラリーのオーナーさんから「次はブルーブラックで描いてみたら」と言われ、その言葉を残して急逝されてしまったので遺言のように受け取りました。そこに行くといつも学びと収穫があり、育ててもらったなぁと深く感謝しています。

もっともっと面白いことを

これから描いてみたいものはありますか。
shunshun:最近、花に興味が湧いてきていて。単色で描くと花のカラフルな魅力を表現するのが難しいんですけど、よく考えたら昔の人は水墨画で花を描いていたので単色にも可能性があるんだと思いました。絵の道に入って10年なので何か新しい事を始めたいと思い、最近水墨画教室に通い始めたんです。そこでは花のお題が多くて、単色で表現できるものだなと。もともと筆が苦手で避けていたのですが、苦手なものを手にすると新たな感覚と出合えるものですね。
墨とガラスペンで描いた作品。ボールペンとは異なる陰影が印象的です。
shunshun:いつか丸亀にある猪熊源一郎美術館や海外など憧れの場所でも展示をしてみたいです。もっともっと面白いことにチャレンジしていきたいですね。
自身の絵をもっと発信し残していきたいという感じでしょうか。
shunshun:残すという感覚はあまり無いのですが、「描く」というのは田植えに似ているなと思っていて。手偏に苗で「描」となるように、絵を見た人の心に苗が植えられて、その人の中で何かが育ってくれたらうれしいです。

shunshunさんの絵を見ると優しい気持ちになる人が多くいます。それはshunshunさんが絵の対象物から受け取った柔らかなエネルギーを循環させて、私たちに届けてくれているからなのだと取材を通して感じました。純粋な感覚で世界を見て新しい気付きをつかみ、線を組み合わせて絵を生み出すというshunshunさんの作品の魅力にますますはまっていきそうです。

素描家

shunshun

1978年高知生まれ。東京育ち。建築から絵の世界へ。震災をきっかけに2012年春広島へ移住。各地で個展を開催しながら、書籍や広告の装画を手がける。〈代表的な作品〉NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」ポスター(後半)ツバキ文具店/小川糸著の装画東京国立博物館/博物館で野外シネマ/ポスターLEXUS 福山のための絵画制作KIRO 広島/THE SHARE HOTELSのための絵画制作 など。