北広島町・芸北にある「浄謙寺」は、地元の旬の野菜で作ったイタリアン精進料理を楽しめるお寺です。お寺のスタッフや地元の農家さんが作り出す料理は、芸北の野菜の力強さを普段の暮らしから知っている方々だからこそ作れるものばかり。お料理のこだわりやお寺でイタリアンを始めたきっかけについて、副住職の淨謙恵照さんにお話を伺いました。
お寺でいただくイタリアン精進料理
淨謙:浄謙寺は400年の歴史を持ち、広島県北西部の芸北地区に古くから根差している寺です。イタリアン精進料理を食べられる寺として現在ではイメージしてくださる方が多いかもしれません。
「イタリアン精進料理」とは珍しいですね。どのような料理なのですか?
淨謙:肉や魚など動物性の食材は使わずに作ったイタリアンを精進料理の形式で表現した料理です。お説法の後にコース料理で提供しています。ミネストローネやじゃがいものピューレ、リゾットやパスタなどもあります。デザートには、豆乳や豆腐を使ったジェラート、リンゴのコンポートやクリームブリュレなどをお出ししています。
どれもおいしそうですね。お料理にはどんなこだわりをお持ちなんですか?
淨謙:季節に沿った芸北の食材をお出しすることにこだわっています。調理スタッフも地元の農家さんや、家庭菜園をしている方なので、そこで採れた旬のお野菜を使い、野菜の味や力強さを感じてもらえるように出来るだけシンプルな味付けにしています。
お寺で精進料理を頂くというのはイメージできますが、なぜイタリアンでやってみようと思われたのですか?
淨謙:自分の両親が普段お寺に来ない方にも仏教を広めたい、お寺をもっと身近に感じてほしい、と考えている時に出会ったのが本願寺出版社の「イタリアン精進レシピ」でした。その本の中の色とりどりの料理に感動し、これを皆さんに召し上がっていただきたいという思いで始めたそうです。
仏教をより親しみやすく
こちらのお料理はお説法とあわせてとのことですが、どのような流れで頂くのですか?
淨謙:まず始めに30分ほど読経・法話を聞いていただきます。その後お食事をお出しして、最後にお抹茶をいただくという流れです。法話は難しいイメージがあるかもしれませんが、なるべく親しみやすく感じていただけるように、落語を取り入れたり、最近ではスーダラ節(※)を歌ったりしています。
(※)スーダラ節…1961年発売の昭和を代表する流行歌。歌:ハナ肇とクレイジー・キャッツ/詞:青島幸男/曲:萩原哲晶
淨謙:「分かっちゃいるけど やめられねぇ♪」という歌詞がまさに人間の煩悩を表しているんです。仏教はまず自身の煩悩を認める事から始まるのですが、この歌はそんなことを伝えてくれます。このように皆さんがよく知る話題から仏教につなげることで、より親しみやすさを感じてもらえたらと思っています。
所々に飾られているお花も親しみやすい空間づくりを意識されているのですか?
淨謙:目からも季節を楽しんでいただけるように、野の花を意識的に生けています。またお食事の場ではお料理の香りを感じていただけるようにあえて香はたいていません。最後にお出しするお抹茶の空間ではお香をたいて心穏やかになれる空間づくりを心掛けています。
実際に初めて来られた方からどのような反応をされていますか?
淨謙:来られた時には表情の硬かったお客様もお説法や食事を進めるうちにだんだんと表情が柔らかくなり、最後には笑顔で帰られるのが印象的です。新鮮な野菜のおいしさや豊かな自然とともに、お寺という空間の力もあるかもしれません。
芸北地域を盛り上げられるお寺に
淨謙:お寺と地域とが一緒に元気になっていきたいです。お料理にも地元のお野菜を使うことで、芸北の野菜のおいしさを知っていただく場になったらと思っています。実際にこの場所をきっかけにバス旅行が組まれたり、地元に野菜の無人市ができたりと手ごたえもあります。今の状態を続けることは厳しさもありますが、SNSなどでの発信を続け、宿泊できる場所も造るなど、柔軟に変化しながら新しいことにも挑戦したいです。
取材時にはたけのこや山菜、フキノトウみそなど、まさに春の旬が詰まったイタリアン精進料理をいただきました。季節ごとの野菜の旨味、芸北の野菜の力強さを感じる料理の秘密は、作り手の皆さんが育てたお野菜をどうやっておいしく食べていただこうかという食材への愛と、食べていただく方へのおもてなしの心にありました。芸北の自然を感じるお寺で心づくしのお膳をぜひ一度いただいてみてください。